ロクデナシの愛し方
不安な時、抱き締められたら安心する。
手を伸ばされたら縋りたくなる。
それらは、無意識に求めるもので。
「おい…シーザー」
「黙ってろ」
残る理性で駄目だと拒みかけたジョセフ手は、力の入らないままベッドの上で押さえ込まれる。
「余計なことは考えなくて良い」
優しい声。
全てを蓋するように視界を片手で塞がれ、シーザーの姿すら見えなくなった。
首筋や鎖骨にキスを落とされ強張る身体を、優しく撫でる手。
名前を呼ばれてギクリとしたのは、普段呼ばれる声音より艶やかだったからだ。
耳元を擽る吐息は、熱を帯びていて途端に恥ずかしくなる。
無理だ。
「やっぱり」
止めようと言いかけた声は、シーザーの口に消える。
舌を絡められ、歯の裏を擽られた。
抵抗する気力を奪うには十分で、意識がぼんやりする。
どちらのものか分からない唾液が顎を伝うことすら気にならなかった。
息苦しさを感じながら、いつ終わるんだろう。
考えていたとこで漸く解放され、瞼にキスを落とされる。
開けた視界。
見上げるシーザーの眼差しがとても優しくて、自ら手を伸ばした。
「シーザー」
弱々しい力で腕を掴むジョセフを見て、彼が何を思ったかは分からない。
ただ、流されてしまえば楽だということだけは分かっていたから。
夜のせいだ。
ひとりが寂しいなんて少し感傷に浸ってしまったからだ。
死のカウントダウンに僅かに心が揺らいだせいだ。
頭の中でみっともない言い訳を只管並べて、ジョセフは瞼を閉じた。
与えられる痛みとか、熱とか、快楽とか。
言葉通り、余計なことをこの時ばかりは全部忘れられた。
シーザーのことだけ考えれば良かった。
同情なのか、はたまた気まぐれか。
何故、こんな形で身体を重ねたのか、想像がつかなかった。
この夜のこともお互い忘れるのだから、考える必要もない。
シーザーの下で揺さぶられるジョセフは、今だけだ。
自分に言い聞かせて、背中に手を回した。
しかし、ジョセフの予想に反してシーザーは、一夜の出来事を忘れさせてくれなかった。
流される形で身体を重ねてから、何度か同じことを繰り返している。
それも毎夜というわけではなく、シーザーのベットに引きずり込まれるのは決まってジョセフが弱った時だ。
フラフラと眠れなくて廊下に出たところを捕まったり、夕食後に短い時間ぼんやりしてたけで手を引かれたり。
反発する気力が無い時にギュッと握られる手を、ジョセフは拒めなかった。
タイミングの良い奴。
自分では上手く誤魔化しているつもりだったから、偶然だと最初は思った。
たまたま本人の気分が乗っただけだと。
故に、シーザーがこちらを見ていることに気付いても、最初はやたらと目が合うなと思った程度だった。
ガン飛ばしてやがるとか、こっちを監視してやがると苛立ったものだが、それにしては不自然な気がする。
関係ないとばかりに無視していたジョセフは、ある日シーザーに冗談交じりに尋ねてみた。
「そんなに見つめるなんて、シーザーちゃんたら俺に惚れちゃったの?」
からかうつもりで投げた言葉をシーザーは否定するどころか、曖昧に笑って誤魔化す。
だから、そういう顔するなって。
穏やかな笑顔を向けられると、夜のことを思い出すから困る。
『離せよ、シーザー』
『ジョジョ』
シーザーは、いつだって優しくて甘くて。
『怖がらなくていい』
ジョセフの心を全て知っているかのように、心配ないと抱き締める。
違う。
『俺達は必ず勝てるさ』
違う。怖いのは、お前だ。
彼は何を考えている。
自分をどう見ているのか。
考える度に、ジョセフの心は落ち着かなくなる。
「熱でもあるのか?」
僅かに潜められた眉と噛みしめた唇だけで、シーザーは変化に気付いたらしい。
様子を伺うように頬に添えられる手に、ドキリと心臓が跳ねた。
どうして、彼は気付くのだろう。
どうして、自分は与えられる手を求めてしまうのだろう。
偶然と呼ぶには出来過ぎていて。
「別に…誰かさんのせいで眠いだけだっての」
考えないようにしていた自分の心に、今更になって気付く。
「見え透いた嘘吐くんじゃねぇよ」
シーザーは、ジョセフの想いを知っているのだろうか。
嘘だと即座に否定され、ふざけるなと相手を睨んだ先。
恋着を孕んだ双眸と交わり、呼吸が止まる。
「お前、まさか」
驚愕するジョセフが、問いかけようとするもシーザーの唇がまたしても阻んだ。
言うな。
キスの最中も閉じられない眸が、言葉無く告げる。
この瞬間、シーザーが気持ちをとっくに自覚していたことを理解した。
ジョセフが自分の心に気付いたことも、分かっているに違いない。
ならば、何故言わせてくれないのか。
唇や肌を触れ合わせることは許しても、言葉は受け入れない。
彼の意図が分からず、ジョセフはシーザーを思い切り突き飛ばした。
もう流されるものか。
あの一件以来、ジョセフはシーザーを避けるようになった。
気遣うようにこちらを伺い、手を伸ばされる度に何とか踏みとどまる。
対するシーザーは、拒んだ時はあからさまに残念な顔をしていたものの、大して気にしていないようだった。
結局その程度ってことだろ。
買い出しを任されて、二人並んで街をあるく途中。
手分けした方が効率が良いと提案したシーザーに従い、集合場所と時間を決めて別れた。
ジョセフは、買い出しなんて面倒だと思いながらも渋々渡されたリストを消化していく。
土地勘が無いこともあり、少し手間取った。
最初から一人で行けば良かったじゃないか。
ぶつぶつと不満を口にして、待っているだろう彼のもとへ向かう。
これで遅いとか抜かしやがったら許さない。
荷物全部持たせてやるなんて考えていたジョセフは、目的地にたどり着く前に脚を止めた。
「あのスケコマシめ」
遠目でもすぐ分かる男は、あろうことか女性を口説いていた。
大人しく待っていられないのか。
流石、生粋の女好きだ。
呆れるより、納得してしまった。
最初から女だけ相手にしていればいいのに。
自然と眉根が寄り、不快な気持ちになった。
やはり、シーザーにとって自分は、修行の合間の都合の良い存在だったのだ。
置いて一人で帰ろうとジョセフが踵を返そうとした矢先。
シーザーは、こちらを見た。
この距離だから、単に方向があっただけだと思ったが、違う。
わざとらしく持ち上がる口端。
コイツ確信犯だ。
「チッ、最低な奴だぜ」
完全におちょくられていると憤慨したジョセフは、街の中を走り出した。
追いかけてくるなんて思っていなかった。
期待してなかったのに、気付けば路地裏の壁に追い詰められていた。
「女の子のとこ戻れよ、スケコマシ」
「お前が目の前に居るのに?」
可笑しなことを言うと首を傾げるシーザーに苛立ちが募る。
だったら、別行動じゃなくて良かったじゃないか。
敢えて女の子に声を掛ける真似までしてよく言ったものだ。
「触るんなッ!」
「分かったから、落ち着けって」
言葉に反して、シーザーは暴れるジョセフを抱き締めて離そうとしない。
本当にコイツは何がしたいんだ。
自分をどうしたいんだ。
突き放すなら、突き放してくれたらいい。
出来ないなら、この行き場のない感情を受け止めてくれ。
「なあ…」
真っ直ぐ見据えると、シーザーが息を飲んだ。
「俺は、」
今しかない。
言わなくては。
ジョセフの決意を、言葉を、またしてもシーザーは奪った。
触れる唇が冷たい。
入り込む舌を邪魔するなと歯を立てても、離れない。
「大丈夫」
何が大丈夫だ。
「考えなくていい」
良いはずがない。
都合の良い時に腕に縋るなんて、そんなこと。
形が欲しかった。
確約が欲しかった。
二人を繋ぐ関係が、危うい物だと思いたくなかった。
熱に浮かされる時は全て忘れられても、夢から覚めてしまったら苦しさが増している。
終わりが欲しくて、終らせたくなくて。
始まってすらいないから、終わらせることは出来なくて。
手を振り払うことも叶わないから。
たった一言与えてくれたら、解放されるのに、この男は愛しそうにジョセフを包むだけだ。
「…何で駄目なんだよ」
「お前は知らなくて良い」
優しく答える声に反し、眸の奥には底知れない闇があった。
シーザーに潜む暗い影に、ジョセフは彼の手の中に落ちてしまったことを知る。
きっと、この感情の出口はないのだろう。
いつか、彼の手で終わらせてくれるまで。
熱も想いも消えることはないのだ。
未消化のまま、心に燻り続ける。
シーザーはそれを分かっていて、言わないし、言わせてくれない。
酷くて、狡い男だ。
優しい腕が、甘い声が、心を縛って離さない。
例えば、道が二人を別つ日が来たとしても。
心は彼を求めて彷徨い続けるのだろう。