過ぎし日に焦がれる


【 過保護な男 】
怪我をした。
別に大した傷じゃない。
修行中に出来るそれは日常茶飯事で。
「どうしたんだ、それ?」
怪我をする度、声を掛けてくるシーザーの姿を見るのも日課になりつつあった。
目敏い奴め。
「あー、ちょっと調子に乗り過ぎた」
「…いつものことだろ」
「煩ぇ」
人をお調子者みたいに言うのは止めて欲しい。
これでも珍しく真面目に頑張っているのだ。
「スージーQのところに行くぞ」
不貞腐れるジョセフの手をシーザーが引いて歩き出す。
手当する程のものでもないのに。
シーザーに捉えられた手と反対の腕の切傷を見ながら、ジョセフは溜息を零した。
血は既に止まっており、そのまま放置したところで全く問題ない。
これを怪我だと言って見せたら、またスージーQに大袈裟だと笑われるだろう。
「こんくらい舐めておけば治るって」
シーザーの手を振り払って抗議すれば、彼はやれやれと言った様子で首を横に振って。
「お前、それでどうやって舐めるんだ?」
ジョセフの口を覆うマスクを指差した。
いやいや、よく考えてくれ。
平気だという意味で言っただけで、本当に舐めて治すとか考えて無いから。
毎回思うが、こっちが悪いみたいな態度を取るのは止めて欲しい。
「お前は自己管理がなっていないんだ」
お前に言われたくない。
むしろ、お前は自分の行動を省みろ。
散々人のことを馬鹿にしておいて、どんだけお節介焼くつもりだよ。
「はいはい。次から気を付けますよーっと」
同じやりとりの繰り返しが面倒になって、ヒラヒラと手を振って逃げようとする。
しかし、それより先にシーザーがジョセフの怪我した方の手を掴んだ。
「舐めたら治るんだろう?」
あしらわれてムッとした表情を見せる男は、わざとらしく出した舌を傷口に這わせた。
「離せ、馬鹿ッ!」
最悪だ。
慌てて手を摩るジョセフを見て、シーザーは意地悪く口端を持ち上げる。
「人の親切を悪く言うもんじゃあないぜ」
「親切だァ!?」
ふざけるな。
「嫌がらせの間違いだろ」
「これに懲りたら、無暗やたらと傷を作らないことだな」
だから、好きで怪我してるわけじゃねぇっての。
説教を始めそうなシーザーに、べーっと舌を出して。
「俺だっててめーの世話になるのは御免だね」
そそくさと逃げ出した。
きっと、シーザーは女の子と会う機会が減って感覚が麻痺しているのだ。
あのスケコマシが男の心配なんて有りえない。
シーザーの舌が触れた傷口を片手で覆いながら、ジョセフは自分に言い聞かせた。



【 ぎりぎりのライン 】
女の子に触れたいとか、喋りたいとか。
人を見てむさ苦しいとか言って溜息を吐きやがるから、人が気を利かせてやったのに何だその不満そうな顔は。
目の前に現れた女装と言うのも烏滸がましい化物は、シーザーの苦々しい顔を見るなりこれまた身勝手な言い分を垂れた。
「チェンジを希望する」
見るに堪えない。
視界を手で隠して寄るなと言い放つシーザーに、女装男ことジョセフが掴みかかる。
「マジかよ!?」
顔を近づけてくるから、反射的に思い切り逸らした。
二メートル近いこの男の身体に会うワンピースがあったことより、こんな化粧を施したことに驚きだ。
鏡を見なかったのか。
「そういう素の反応の方が傷つくんですけど」
肩を落とすジョセフに、良心が痛む。
…なんてことはない。
駄目なものは駄目と教える方が優しさってもんだ。
「むしろ、これでイケると思ったお前の頭に感心する」
「誉めるなよ。照れるぜ」
案の定、分かっていないジョセフの言葉に脱力する。
「貶してるんだよ、スカタン」
「シーザーといい、ドイツ軍の奴らといい、全くもって見る眼がねぇな」
ドイツ軍は正しい判断を下したようである。
お前こそ鏡は見えているのか。
せめて、化粧を落とせばマシになるのに。
「下はどうなってんだ?」
段々見慣れてきたシーザーは、ジョセフの頭からつま先まで一瞥した後、ひょいっとワンピースの裾を持ち上げた。
「あー、それなら…って捲ってんじゃねぇよ、このムッツリスケベ!」
疾しい気持ちがあったわけじゃあない。
純粋な疑問の上での行動なのに、失礼な奴だ。
綺麗なもみじ形を片方につけられたシーザーは、女性らしからぬ後ろ姿を見送りながら盛大な溜息を零した。



【 しらないフリをして 】
シーザーと二人で言いつけられた街への買い出し。
毎度のことながらあのスケコマシは、行く先々で女の子に声を掛けている。
街を歩く子だったり、店に働く子だったり。
一人で居る女の子の姿を見かける度に離れる男に、ジョセフは呆れた。
「…懲りない奴」
息をするように女の子を口説くシーザーの表情は、晴れ晴れとしている。
まさに水を得た魚って感じだ。
人の事、ほっぽり出して自分はお楽しみですか。
ジョセフと同じく買い出しのパシリの身であるくせに、良いご身分なことで。
「まだ全部終わってねぇのに…あの馬鹿」
いつ戻ってくるか分からないシーザーを待つだけ時間の無駄な気がした。
「広場に居りゃ、分かるだろ」
買うものだけ買って、此処に戻れば良い。
声を掛けることなくジョセフは、リストを片手に残りの店に向った。

そして、十数分経った頃広場に戻った。
買い出しを終えてもシーザーが女の子と居るようなら、置いて帰ろう。
「遅ぇぞ、スカタン」
シーザーを問い詰めるはずのジョセフは、何故か待ち構えていたシーザーに詰られた。
どう考えても理不尽だろ、これ。
「ふざけんな! 誰がてめーの代わりに買い出ししてたと思ってんだ!」
手に抱えた荷物を目の前に突き出せば、シーザーは面食らった表情を見せて。
「すまなかった」
珍しく素直に謝った。
分かれば良いんだ。
分かれば。
云々と頷くジョセフから荷物を取り上げたシーザーは、空いた手に小さな包みを握らせて。
「何だよこれ?」
「最近、街で人気らしい」
待たせたからなんて言って渡された砂糖菓子。
その情報は誰から聞いたんだと聞くのは、野暮だろう。
菓子で機嫌を直すガキじゃないと反論しながらも、引ったくるように受け取って口に放り込んだ。
見た目も可愛らしく甘いそれは、シーザーの隣を歩く女の子を思い出させる。
砂糖がたっぷり入ったはずのそれを苦く感じたのは、作った人間が分量を間違えてしまったからに違いない。



【 日向ぼっこの顛末 】
ジョジョを見かけなかったか。
ロギンスに尋ねられたシーザーは、必然的にジョセフを探す羽目になった。
努力が嫌いだと言っていたが、堂々とサボるとはいい度胸だ。
見つけ次第、こっ酷く叱ってやる。
リサリサにも報告して、それから。
なんて考えながら歩き回るうちに、あっさりと目的の人物は見つかった。
一見、建物の死角になりながらも、日当たりのいい場所。
昼寝には持って来いだろう。
「こんなとこでサボりやがって」
今度から、居ない時は此処をまず探そう。
ジョセフの隣に膝を突いたシーザーは、幸せそうな寝顔を見て僅かに目元を緩めた。
起こすのが可哀想だと思ってしまった自分を慌てて叱咤する。
甘やかすのは、ジョセフの為にならない。
「おい、ジョジョ」
軽く揺すってみるが、んにゃんや訳の分からない単語を発するだけで起きる様子はない。
「…仕方ない奴だ」
力づくで起こすことも出来る。
けれど、こんな天気のいい日だ。
ここ最近、ジョセフが頑張っていることを、シーザーは誰より知っている。
少しくらい見逃してやっても許されるだろう。
風ゆれる髪をそっと撫で、この穏やかな午後の時間の為に共犯者になることを決めた。



【 にぎる手の温度 】
眠れない。
助けて欲しいとかまったく考えず、冗談混じりに言っただけだった。
シーザーがお前は能天気だ何だと口煩く言うから、つい口を出ただけ。
「ちょ、まった…」
なのに、シーザーはジョセフの額に自分のそれをくっつけて、ジッとこちらを伺ってくる。
いつもの冗談だ。
だからお前は修行が足りないのだと呆れてくれ。
あれだけ煩い鼾をかいてそれを言うのかと、あしらってくれたら良い。
「いつからだ?」
「…何が?」
真剣な声と、心配に揺れる眸。
誤魔化すなと答えを急かすシーザーに、唇を噛んだ。
笑って軽く流せばいい。
「ほら、俺って結構繊細だからさー。枕変わると中々寝付けないのよねン」
「嘘を吐くんじゃあない」
取り繕った虚勢は、あっさりと崩された。
何でお前に嘘って分かるんだ。
「指輪のせいか?」
「まさか。あんな脅しどーってことねぇよ」
慣れない環境のせいだ。
自分が負けるとか。
例えば、死んでしまうとか。
考えたくもない。
だから、触れないでくれ。
ぐるぐると廻る心の内の暗い感情を飲み込もうとした瞬間。
「このスカタン」
「痛ぇじゃねぇか、クソッ!」
思い切り頭を殴られた。
普通グーでいくか。
頭を殴るシーザーの力は中々に強かった。
お前本当に心配してるのかよ。
恨めし気にジョセフの手を、シーザーが握って。
「俺達が負けるわけない。そうだろ、ジョジョ」
力強い声が、大丈夫だと何度も言い聞かせる。
思えば、あの時もシーザーは自分の手を掴んでくれた。
一緒だ。
掬い上げてくれるこの手は、変わらない。
手を伝わる熱はジョセフよりも温かく、不安に傾ぐ心にじんわりと染み渡った。



【 焦れったい距離 】
一言口にしたら良い。
そうすれば、簡単に手を差し出すのに。
目の前で足を縺れさせて転ぶジョセフを目撃した、シーザーは額に手を当てた。
「お節介」
慌てて駆け寄り手を伸ばせば、不満そうに叩かれる。
可愛くない。
「世話を焼かれるような真似するからだろ」
お前が悪い。
目の前で転んだら助けようのはとするのが、人の性ってもんだろ。
手のかかる人間を放っておけない性格だから仕方ない。
「嫌だったら、心配されなくて済む行動を取ることだな」
シーザーが苛立たし気に言い放つと、ジョセフはふいっと顔を逸らす。
「フンッ。だーれがお前の手を借りるかよ」
意地っ張りめ。
フラフラで碌に歩けないくせに。
現に自分で立てないから、座り込んだままなのだろう。
ロギンス達の修行は厳しい。
当然だ。
この短い期間であの柱の男達を倒さなければならないのだ。
熱が入るのは当然であり、これまで修行をしてこなかったジョセフの身体が悲鳴をあげるのは当然のことだった。
「ほら、行くぞ」
「てめーだけで行けよ」
早くここから去れと、厄介払いされても知ったことか。
無理矢理肩を担げば、恨めしげな視線を向けられた。
本当に世話の掛かる奴だ。
「シーザーのスケコマシ」
「今、関係ないだろ」
減らず口を叩きながら、寄りかかるジョセフに呆れる。
自分も大概だが、コイツも変なことろで素直にならないから困るのだ。



【 崖の上を転げ落ちるように 】
駄目だ。
目の前に両手を突きつけるも、簡単に押し返される。
酒のせいにしてしまえば良い。
口移しでワインを流し込んだ男は、優しく笑う。
「…ジョジョ」
低く掠れた声は、今まで一度も聞いたことがないくらい甘い。
見上げる双眸は熱を孕み、ぐらりと視界が揺れる。
あの程度のアルコールで酔うはずがない。
「離せって」
シーザーから距離を取ろうともがくけれど、何故か振り払えない。
「朝になったら、全部忘れる」
躊躇うジョセフの耳元で囁く、意地の悪い声。
夢だと語る口車に乗せられたのか、はたまた空気に酔ってしまったのか。
判断のつかない頭で、二度目のキスを受け入れる。
アルコールの味は、もうしないはずなのに。
「シーザー」
ぼんやりする思考の中、呼んだのは彼の名前だった。
手を伸ばした瞬間、彼は嬉しそうに目を細めて。
ギシッと大きく音を立てるベッドに寝かされる。
近づく唇に、自ら目を閉じる。
肌を辿る指は、やはり熱くて。
この夢が覚めないと良いと思った。



【 冷静な判断など 】
「普通、そこで手をださないでしょ?」
シーザー目の前に転がる男を見たジョセフが、苦笑いを浮かべる。
どうしてお前が。
あきれ混じりに尋ねるジョセフに、シーザーは小さく舌打ちした。
呑気なものだ。
人の心配も知らないで。
「仕方ないだろう」
「粗っぽいことするなんて珍しいじゃん」
街で騒ぎを起こすこと自体、信じられない。
そう語るジョセフにお前のせいだと責め立てたい衝動に駆られて、踏み留まる。
そもそも街中でジョセフが絡まれて喧嘩になりかけたから、思わず手を出したと言うのに。
「シーザーちゃん中々恰好良かったぜ」
へらへら笑ってんじゃねぇよ。
当の本人はこの調子だ。
シーザーが殴っていなかったら、間違いなく自分が殴っていたくせに。
「煩い」
ジョセフの口を黙らせようと拳骨を食らわせる。
「暴力反対!」
「お前が言うな」
数分前にバキボキと指を鳴らしていたのは誰だ。
ギロリと睨めば、ジョセフは肩を竦めて。
「まあ、俺の為に頑張ってくれたみたいだし」
サンキュなんてぼそりと呟いて、シーザーの頬にキスを仕掛けた。
尤も、キスと言ってもマスクが肌に当たっただけなのだけれど。
分かってやがったな、この野郎。
文句を言いたいところだが、口を開くと揚げ足を取られそうな気がして大人しく黙った。



【 ルールは無用 】
「見事に囲まれたな」
シーザーのどうでも良さそうな声に、ジョセフはまるで他人事のようだと感心する。
「まあ、相手が悪かったんじゃない?」
先刻、奴が殴り飛ばした男は、どこぞのお偉いさんだったらしい。
取り巻きの強面がすぐに駆けつけて、仲間を呼びやがった。
面倒くさいことになった。
文句を飲み込んで、ジョセフは周りを取り囲む人数を数える。
今のところ両手で数えられるより少し多いくらいだ。
さて、どうするか。
事が知れたら、リサリサに咎められるのは確実。
だからと言って、話し合いで終わる穏便な空気じゃない。
「ジョジョ。先に言っておくが、波紋は使うなよ」
一般人相手だ。
手加減しろという割に、シーザーの眼光がやたらと鋭いのは何故か。
ご愁傷様。
奴がその気なら、ジョセフも乗るだけである。
喧嘩は嫌いじゃない。
ムカつく奴を吹っ飛ばすのは、スカッとするものだ。
「シーザーこそ、俺の足引っ張ってくれるなよ」
「抜かせ。それは、こっちの台詞だ」
逃げる算段だけ頭の中でしっかりとしておいて、拳を構える。
隣のシーザーに視線を移すと、彼はニヤリと不敵に笑うから。
「どっちが多くぶっ飛ばしたか、勝負しようぜ」
「ジョジョに俺が負けるわけねぇだろ」
「バーカ。俺の勝ちで決まりだっての!」
当然、負ける気はしなかった。
二人揃って出来ないことなんて、無い。