情事後の愛は甘やかに


暑い上に、窮屈で鬱陶しい。
ベッドで身動きのとれない状態でジョセフは、ひっそり溜息を零す。
後ろから伸びた手は腹に周り、隙間なく二人の身体を密着させていた。
どうにかならないだろうか、これ。
熱が引き始めた身体と共に落ち着いた頭で、未だジョセフを抱き締めたままの手を緩めない男を睨んだ。
もう良いだろ。
離せ。
物言いたげな視線を向けても、シーザーは目を細めるだけだ。
幸せそうな顔しやがって。

前戯の時点で散々焦らされ、挿入されてからは激しく揺さぶられ、がっつかれた。
限界だと訴えても離して貰えなかった身体は、疲弊しきっている。
どちらのものか分からない汗や体液が、肌に纏わりついて気持ち悪い。
早く全て洗い流して、眠りに就きたい。
疲れた身体を動かすのも怠いが、このまま意識を手放すのも憚られた。
ジョセフが眠ってしまっても、シーザーは甲斐甲斐しく世話を焼くだろう。
身を任せてしまった方がずっと楽だが、目を覚ました時の恥ずかしさを考えると名案だとは言い難い。
穏やかな笑顔と触れるだけのキスで迎えた朝の居た堪れなさは、ジョセフにとって苦い思い出となっていた。
後処理されている最中に意識が浮上した際も、中々に悲惨だった。
恥ずかしさで死ねるなら、あの瞬間に確実に死んでいた。
シーザーに任せると精神的に後から辛いものがある。
「あのさ…いつまでこうしてるつもり?」
以前、力任せに腕の中から抜け出して雰囲気をぶち壊すなと怒られた反省を生かし、控えめに尋ねてみるも返事はない。
代わりに、野暮なことを言うなと笑顔で無言の圧力をかけられた。
そして、黙れとばかりに項や首、背中にキスを降らされる。
「風呂に入りたい」
「そうだな」
「暑い」
「ああ」
人の話など聞いちゃいない。
シーザーの生返事は、ジョセフを苛立たせた。
聞く耳を持たず、離す気も全くない。
こうなったら強硬手段だ。
雰囲気なんてクソ喰らえ。
ジョセフは、力任せに腕を程いてベットの端へ移動する。
しかし、床に足がつくその前にジョセフの身体はシーザーの手によって引き戻される。
もう一度脱出を試みても、あっさりと捕まった。
畜生。
何でベッドから出るだけで、こんなに苦労しなければならないないのか。
意地になるジョセフに対抗して、シーザーの拘束の力も強くなる。
離れては、戻され。
あと一歩というところで、阻まれ。
繰り返される不毛なやりとり。
腕から逃げ出す前の力比べになり、簡単に外せなくなった時点でジョセフは諦めた。
「お前なァ…」
頑なに元の体勢に持っていこうとする男に呆れる。
随分と余裕じゃねぇか。
こっちは、体力なんてほとんど残っていないというのに。
「空気読めよ! 俺は風呂に入りたいのッ!」
素早い動きでがっちりとホールドを決めたシーザーから逃げられる気がしなかった。
力が駄目なら言葉だ。
話せば、分かる。
シーザーから離れたいのではなく、べたつく身体が嫌なのだと主張してみた。
これなら分かってくれるだろうと思ったのに。
「俺は、まだこうして居たい」
あっさりと却下された。
真顔で返すな。
「風呂入ってからでも良いじゃん」
さっぱりした後ではいけないのか。
ジョセフの妥協案すら、シーザーは不満そうだった。
「全く…お前相手だとムードも何もあったものじゃないな」
耳たぶを強めに噛んだのは、抗議の意味を込めてだろう。
離れろと片手で顔を押し退けたら、掌をペロリと舐められた。
「シーザー!」
いい加減にしろ。
真っ赤になったジョセフの恨めし気な眼に、漸くシーザーが折れる。
これ以上機嫌を損ねると喧嘩に発展すると判断したらしい。
「分かったから、落ち着け」
「じゃあ…ってオイ!」
ベッドから出られると思ったジョセフの身体は、何故かベッドに縫い付けられた。
「どういうつもりだよ?」
「少し待ってろ。すぐ戻ってくるから」
見下すシーザーの微笑に嫌な予感しか覚えない。
大人しく待つように言われ、ジョセフは唇を尖らせる。
風呂に行きたいのに、部屋に置き去りにされてしまった。


シーザーが居ない間に、風呂場に逃げてしまえ。
真っ先に浮かんだ考えは、すぐに却下した。
揉めるのは面倒だし、報復されたら厄介だ。
それに、身体は休息を欲していた。
恐らくタオルや湯を張った洗面器を取りにいってくれたのだろう。
欲を言えば風呂に入りたいところだが、この際我慢する。
人目がある時は素っ気ないくせに、二人になるとやたらと嬉しそうに世話を焼くのだ。
シーザーという男は。
さっきも楽しそうだったし、まあ良いか。
昼間の修行のこともあり、眠気と疲れがピークに達したジョセフは、考えるのを止めた。
倦怠感から顔を枕に埋めると、一気に眠気が押し寄せる。
このまま寝てしまえ。
一人になった部屋の静寂が、ジョセフを眠りへと誘う。
うつら、うつら。
意識を手放しかけた時、ジョジョと名前を呼ばれた。
反射的に声の聞こえた方に顔を向ける。
薄目を開いた先、覗き込むシーザーの姿があった。
「寝たのか、ジョジョ?」
ゆっくりと持ち上げられる瞼へ当たり前のように落とされるキス。
「しーぃざー?」
舌っ足らずな声で名前を呼ぶと、顎を指で持ち上げられて口を塞がれる。
僅かに開いた隙間に流し込まれる液体。
ゴクリと飲み込んだのを確認して離れていく唇。
口端から伝う飲みきれなかった水を、シーザーの指がそっと拭う。
そういえば、喉も乾いていたんだった。
「さんきゅ」
へらっと笑うと、シーザーが頭を優しく撫でる。
「飲むか?」
水の入った瓶を片手に聞かれ、上半身を起こして徐に手を伸ばす。
あと数センチ。
「ストップ」
制止の言葉と共に、座ったままでは届かない位置に掲げられる瓶。
指先が届きそうなところで、お預けをくらってしまった。
意地の悪い奴め。
目の前でわざとらしく水を煽るシーザーに狡いと言えば、再びキスされた。
「…んっ」
自分で飲ませてはくれないらしい。
「もっと」
水を求めているのか、シーザーのキスを求めているのか。
自分でも分からなかった。
シーザーの手を引っ張って強請れば、瓶が空になるまで口移しで水を与えられる。
口を開いて待つジョセフをシーザーは、餌を待つ雛鳥のようだと例えて眼を細めた。


キスの余韻に浸りながら、ぼんやりとシーザーを見上げていると、タオルで身体を拭われる。
少々乱暴な手つきが彼らしいと思う。
多分、女みたいに扱うなと跳ね除けたジョセフの発言を覚えているに違いない。
律儀だな、なんて他人事のように考えながら身を任せる。
今日は中に出されなかったから、指を突っ込まれて掻きだされる恥ずかしさも無い。
若干、手つきが怪しいと思うこともあるものの、シーザーの好きにさせよう。
それとなくシーザーから視線を逸らしたジョセフ。
明後日の方向を見るのも逆に意識しているようだと、ベッドの端へ視線を落とすと。
「また痕つけやがったな」
視界に見覚えのある朱色が入った。
所謂キスマークと呼ばれるそれは、腰の際どい位置に刻まれていた。
ベルトで隠れるかギリギリの場所。
狙っていたのは明らかだった。
「良いだろ、これぐらい」
批難されてもシーザーは何が悪いと開き直る。
見えないから大丈夫だと平然と言いやがって。
「動物か」
縄張りを主張する獣と同じだと罵っても動じない。
「煩ぇよ」
ジョセフの片足を持ち上げたシーザーは、わざとらしくねっとりと舐めあげた。
辿る舌は、脚の付け根まで向かう。
太股の内側の柔らかい皮膚に強く吸い付かれ、ジョセフは小さく声を漏らした。
「…っ」
「どうした?」
意地悪い声に唇を噛んだ。
分かってるくせに、煽りやがって。
唇が触れかけて、寸前で止まる。
間近で見えたのは、綺麗な弧を描く口許。
「…残念だが、お預けだ」
思わせ振りに触れて、最後は焦らすとか性格悪すぎだろ。
触れられたキスは、前戯よりも軽い挨拶に近いもの。
シーザーにその気がないのを明確に表していた。
「期待したか?」
「するわけねぇだろッ!」
すぐさま否定したのに、シーザーは全く信じていない。
「俺だって、我慢してるんだ」
肩を竦めて自分も辛いなんて言ってみせるけど、絶対嘘だ。
ジョセフの反応を楽しんでいる。
一方で、こちらの身体を気遣ってくれているのも事実で。
修業に差し支えるとまずいと苦々しく吐かれた台詞こそが、シーザーの本音なのだろう。
以前、互いにセーブが効かなかった翌日、修業中にジョセフが怪我をしたことを気にしている。
実際は、些細な傷に過ぎないのに、心配性な男である。
「…甘いよなァ」
中途半端にちょっかいを出されて面白くないのは、ジョセフの方だ。
どことなく拗ねた様子のシーザーをもう一度と誘えば、きっと応じるに違いない。
けれど、こちらを見る眸には気遣いの色も確かに宿っていて。
「ジョジョ」
「はいはい。今夜は早く寝ましょうねーって」
仕方ないから、今度のお楽しみって奴にしておいてやる。
ただ、このまま面と向かい合うのは色々と不都合が多いので。
「そういうことで、後は頼んだぜ」
「待てッ!」
寝るなと引き止めるシーザーを無視して、ベッドに突っ伏した。
重いだとか、これだと拭きにくいとか聞こえても、知ったことか。
最初から素直に風呂に送り出してくれたら済んだ話なのだ。

枕を強く抱きしめるジョセフに折れたのは、シーザーだった。
時折声を掛けながら、丁寧に身体を清めてゆく。
「寝たのか?」
静かに問いかけるシーザーの声。
半信半疑な態度を幸いに、このまま寝たフリを続けることを決める。
反応のないジョセフへ、シーザーはずっと語りかけていた。
それは愛の囁きだったり、他愛無い日々のやりとりだったり様々。
合間に身体の至る場所に触れるだけのキスを落として、微かに笑い声を漏らす。
もしかしなくてもシーザーは、気づいているのかもしれない。
余計に恥ずかしくなって、失敗したと後悔する。
だからと言って今更起き上がることも出来ない。

囁かれる愛の言葉と数多のキスをくすぐったく感じながら、ジョセフはひたすら声を殺して夜が過ぎるのを待った。