空音アザレーア 03


顔を合わせられない。
どんな顔をして振る舞えば良いのか。
意識していたのはジョセフだけで、シーザーは翌日何事も無かったかのように話し掛けてきた。
あまりに自然な態度に、拍子抜けしてしまった。
キスに慣れたスケコマシは、男とのキスはカウントしないってか。
ひっそりシーザーの様子を横目で伺うも、昨日の一件のせいでついつい視線が唇を追ってしまう。
触れたのは一瞬だから、感触なんてほとんど分からなかった。
あれは、事故だ。
単に顔と顔がぶつかっただけの事故。
たまたま、触れたのが唇だったからキスとして意識してしまった。
ただ、それだけのこと。
シーザーと別れてから繰り返した言い訳が、今日もジョセフの頭を廻る。
あれこれ弁明するまでも無いというのに。
考えるな言い聞かせている時点で、意識しているのは明白で。
逆に隣に立つシーザーに、どうかしたのかと不自然さを指摘されてしまった。
「悪い物でも食べたのか?」
すました顔しやがって。
様子が可笑しいからってすぐに食い物に直結させるなこの野郎。
「ちげーよ」
ふざけるなと否定すれば、今度は腹が減っているんじゃないかなんて見当違いなことを聞いてくるから、ジョセフはシーザーの鳩尾に握った拳を振り下した。
尤もそれは当たる前に、片手でガードされてしまったけれど。
ジョセフの手を簡単に振り払ったシーザーは、今夜も部屋に来るんだろうと尋ねてきた。
だが、尋ねる形はとっているものの、ほぼ断定した言い草だった。
断る予定が無いのは事実で、シーザーの夕飯目的で上がり込む日も多かったから、答えを聞くまでもないというのは分かる。
分かるけれど、今のジョセフの心は複雑だ。
ノーと言えば気にしていることを肯定することになるし、イエスと言ってシーザーの部屋で二人になれば、また色々と余計なことを考えかねない。
言葉に詰まって小さく唸っていると、ぐしゃりと頭を撫でられて。
また後でなんて言って、こっちの返事を聞く前にシーザーは行ってしまう。
断られるなんて思っちゃいないんだ、アイツは。
「誰が行くか、バーカ」
遠くなる背中に悪態を吐くも、結局は何だかんだ理由を並べてシーザーの部屋を訪ねる自分の姿が浮かんで、自分の方がよっぽど馬鹿だと思った。
思い通りになって堪るか。
キスの一件からシーザーへの苛立ちを引きずるジョセフは、講義が始まっても不機嫌さを露わにしていた。
周りもジョセフの機嫌の悪さに気付いていたらしく、同じ講義を受けていた友人の一人に、終業を知らせるベルが鳴った直後に声を掛けられた。
ノートなら碌に取っていないし、代返であれば次回出るか分からないから受け付けていない。
頼っても無駄だぜと肩を竦めるジョセフに友人が持ち掛けてきたのは、飲み会の誘いだった。
いつの話かと聞けば、今夜。
急なことで申し訳ない。
謝るソイツは人数が足りなくなったと言っているものの、恐らく半分は嘘でジョセフを気遣って誘ってくれたのだろう。
交友関係の広い奴だから、他にも声を掛ける相手はいくらでも居たはずだ。
今夜と聞いてシーザーの言葉が頭を過ったけれど、知った事かと頭の隅に追いやった。
最初から行くとは、一言も言っていない。
暗黙の了解など存在するものか。
いつでも都合がつく暇人だと勘違いしてくれるなよ。
「勿論行くぜ」
一応、今日行けない旨は伝えてやるか。
当然来るものだと思っているシーザーに待ちぼうけを食らわせてやろうという気持ちより、ジョセフにも予定と都合があることを教えてやりたいという気持ちが勝った。
友人に飲み会の店と時間を聞いて意気揚々と連絡する為に携帯電話を取り出した刹那、片手に握っていたそれから聞き覚えのある電子音が鳴り響く。
「まだ送ってねーぞ」
嫌な予感を覚えつつ覗きこんだ画面に表示されたのは、シーザーの名前。
返事が来るには早すぎるというか、まだこちらは一言も送ってすらいない。
つまり、向こうが何らかの用事があって送ってきたということだ。
「今日は行かねぇからな」
まさか、シーザーがジョセフの外出を察知して先手を打ってきたのではないか。
流石に無いだろう。
大方、夕飯のメニューの希望が無いか尋ねるものに決まっている。
フライドチキンはいつも却下する癖に。
だったら聞くんじゃねぇと反論するのは、いつものこと。
ジャンクフードを希望することが多いせいで、リクエストが通る確率は限りなく低かった。
どちらにせよ、今夜の夕飯にジョセフは関係無い。
残念だったなと送ってやろうと笑うジョセフの表情は、シーザーから届いた文面を読むなり歪んだ。
「今夜都合が悪くなっただァ? それはこっちの台詞だってのッ!」
手の中の端末に直接文句を言ったところで、返事があるはずもない。
「クソッ!」
無視するか迷った末、自分も予定があって最初から行くつもりは無かったと送ってやった。
シーザーの都合で断られたなんて思われるのは勘弁である。
元々、こっちから断ってやるつもりだったんだ。
放っておくと何度も連絡してきて煩いから、一応返事をしてやっただけだ。
今夜は飲んでやる。
意気込んで向かったジョセフだけれど、会場となる店先に着くと、その勢いは瞬く間に削がれてしまった。
何故、お前が此処に居る。
時間になり、本日のメンバーが顔を合わせたところで、ジョセフは今夜会わないはずのシーザーと対面する羽目になった。
驚き、あからさまに顔を顰めるジョセフに、シーザーもどういう心算かと訝しげな眼を向けてくる。
他の参加メンバー。
特に女の子達は二人の間に流れるピリピリとした空気に気付かないようで、シーザーばかり見つめ話しかけるチャンスを狙っているように見えた。
全員集まったし、立ち話も何だと女の子を主に店の中へと誘導する友人も、ジョセフの変化に気付かない。
なるほど。
今回の目的はそっちか。
数が足りないというのも、全くの嘘では無かった訳だ。
単なる飲み会ではなく、所謂合同コンパというやつに連れ出されたことに気付いたジョセフは、シーザーが此処に来た理由にも察しがついてしまった。
普段なら、女の子を口説くのに邪魔な存在として扱われる為に呼ばれないはずなのに。
狙っている子がコイツ目当てで上手くいかないことが多く、まず誘わないと学友達から聞いていたジョセフは、シーザーが自分のように数合わせとして呼ばれたのではなく、進んで女の子との出会いを求めて来たのだと確信していた。
新しい彼女を作ろうってことね。
案内された部屋に座り、飲物を頼みながらも視線を追うのは、シーザーのことばかりだ。
「やっぱり女が良いんじゃねーか」
ボソリと呟いた皮肉は自己紹介だ、乾杯だと盛り上がる周りの声に消され、誰に聞こえることも無かった。


面白くない。
飲み会が始まって数十分。
目の前に広がる光景にジョセフは眉根を寄せた。
参加していた女の子数人を傍らに置いて談笑するシーザー。
女の子達は奴に夢中で、他の野郎なんざ見向きもしない。
その輪から離れた位置で話したり、盛り上がったりしている子も居るが、シーザーの一人勝ちと言っても過言では無い状況だった。
ジョセフとシーザーが親しいことは学内で有名で、あぶれた男達からの視線が痛い。
だから知らないっての。
親しいからと言われてもどうにか出来るものでは無い上に、口を出せる立場にあるわけでもない。
茶化して、お前ばっかりと負け犬宜しくの台詞を吐くことくらいなら可能であるし、ジョセフ自身そういう役割は得意な方だが、今日はそんな気分にもなれなかった。
恋人。
今は友人ではなく、そういう括りになっている二人だけれど、あくまで形に過ぎない。
現にシーザーはジョセフを置いて女の子に愛を囁いている。
男は無理だと最初に忠告したのに。
あのキスだって本当は気にしていて、だからこそ無かったことにして可愛い恋人を手に入れるつもりなのだ。
女の子に向ける視線は柔らかく、掛ける声はとろけるように甘い。
ジョセフを相手にした時と違って無理した様子も感じられなかった。
当たり前だ。
理解している。
頭では十分に理解しているのに、腑に落ちなくて。
この巫山戯た関係が早く終われば良いと思っていたのに、晴れやかな気持ちになるどころか悶々としてしまうのは、空きっ腹に多めにアルコールを流し込んだせいで胃が刺激されたからに違いない。
例えば、今目の前でスケコマシが女の子にキスをして、黄色い悲鳴を浴びていたとしても。
ムカムカするのは、胃の不調が原因なのだ。絶対に。
止めだ。止め。
シーザーばかり見ていても実にならない。
ジョセフは頭を振ると、身体二つ分離れた位置に居た女の子に距離を詰めて声を掛けた。
騒がしいのが苦手なのか、マイペースで飲んでいる彼女に話を振れば、好感触な反応が返ってきた。
意外とイケるかもしれない。
主にシーザーに意識を奪われていたジョセフだけれど、一応周りの様子も気にかけていたのだ。
故に、隣で話しに乗ってくる女の子が他の男からのアプローチをあしらっていたのも知っている。
これは脈有りじゃないか。
気を良くしたジョセフが話を広げると、女の子は笑顔で乗ってきた。
弾む会話に比例して、ぐいぐいと近づく距離。
大人しい子かと思ったのは最初だけで、ジョセフが考えるよりずっと積極的な子だった。
もしかしなくても、自分は狙われていたのか。
にっこりと微笑む眸の中に、肉食獣を感じさせる鋭い光を見付け、思わず目を泳がせた。
まんまと罠に掛っちゃったわけね。
ガツガツ来るような子には見えなかったのだけれど。
彼女もまた、シーザー同様に数合わせで呼ばれた訳でもなさそうだ。
女って怖ぇ。
強かって言葉がピッタリである。
まあ、そうは言っても悪い感じはしないし、笑顔が可愛いかった。
グラスに注がれたコークハイを傾けながら、いつの間にか腕に密着していた女の子の胸をこっそり見下ろす。
柔らかい。
もっとキツイ香水を着けているかと思ったが、控え目に柑橘系の香りが漂うのも好印象だった。
こういうのも中々悪くない。
シーザーに恋人を作らせることばかり頭を巡らせていたが、ジョセフに彼女が出来たって良いのだ。
今更になって、単純なことに気づく。
アイツも女の子と宜しくやってるんだ。
ジョセフだって。
対抗するように隣の彼女の髪にそっと触れると、擽ったそうに身を捩ったが、拒まれることは無かった。
調子に乗って、頬を撫でると熱っぽい眼差しで見つめられる。
期待に揺れる眸。
ジョセフはそれに応えるように顔を近づけ、彼女の柔らかな唇に触れる。
そう思って瞼を閉じた瞬間、明らかに違う感触を感じて慌てて眼を開いた。
固い。
これ、絶対唇じゃないだろう。
案の定、視界に広がったのは野郎の節ばったゴツイ掌で。
「シーザー! てめー何しやがるッ!」
いつの間にか背後に回って、キスを阻止した邪魔ものを睨みつけた。
「シニョリーナに無暗に触るもんじゃあないぜ、ジョジョ」
「てめーは良いのかよ」
自分のこと棚に上げやがって。
つーか、いつから後ろに居たんだよ。
さっきまで居なかっただろ、お前。
シーザーを囲んでいた女の子達はどうしたと元居た場所に目を向けるが、既に皆バラバラになって他の奴の隣に座っていた。
変わり身早いな、オイ。
シーザーも何と言って彼女達から離れてきたんだか。
「コイツが騒がしくて迷惑かけたね」
ジョセフの反論と存在を無視して、シーザーは女の子に気さくに話し掛ける。
ターゲットを変えたのか。
好みの女の子の範囲ではあるだろうが、てっきりキスをしていた子に狙いを定めたと思ったのに。
他人のものは良く見えるってか、コラ。
ジョセフからしたら胡散臭い笑顔で、胸焼けするような甘ったるい台詞を吐くシーザーを横目に、残りのコークハイを煽る。
人を間に挟んで話すんじゃねぇよ。
女の子も笑ってはいるが、若干気まずそうな顔をしているじゃないか。
このスケコマシが女の子の変化に気付かないはずがないのに。
よっぽど気に入ったのか。
此処に居ても不毛なやりとりを見せられるだけだ。
ジョセフが席を離れようと机に手を掛けるが、それより先に女の子が鞄を片手に立ち上がった。
ちょっと化粧室に行くなんて言ってはいるが、同じ場所に戻ってくることは無いだろう。
部屋から消える後姿を見送ったジョセフは、シーザーと二人取り残される羽目になる。
さっさと女の子達のところに戻りやがれ。
動かないシーザーにガンを飛ばしていると、逆に鋭い眼で睨まれた。
「恋人の前で浮気とはいただけないな」
「はァ?」
いきなり何を言い出すかと思えば、浮気だと。
そもそも、自分から女の子にモーションを掛けにいきながらジョセフだけ詰るのか。
こちとら数合わせで合コンとも知らずに来ただけで、シーザーとは違うのだ。
「お前だって女の子とチューしてたじゃん」
具体的な内容を挙げれば、あれは挨拶に過ぎないなんて肩を竦めやがる。
「俺は頬にしただけだ」
「じゃあ、俺も頬だったら良かったわけ? 別に唇でも変わんねーだろ」
ガキのお飯事じゃあるまいし、キスくらい良いだろうと返せば、シーザーが意味深な視線をジョセフの唇へと送ってくるから慌てて目を逸らす。
顔を近づけられ、妙な雰囲気になりかけた為、掌で思い切り顔を押し退けてやった。
「何しやがるッ!」
「昨日と同じことだが?」
暗にキスを連想させられ、ジョセフは唇を噛んだ。
てめーも根に持ってんじゃねぇか。畜生。
「誰がするか!」
「あの子とはしたのに?」
「どこぞの野暮な奴のお蔭で、残念ながら未遂だっての」
女の子とジョセフの間に自分で割って入っておいて、白々しい。
フイッと顔を背け、空になったグラスの代わりに、傍にあった水の入ったグラスを手に取り、一気に飲み干す。
隣から不満そうなオーラが漂っていたが、構ってやるつもりは無かった。
浮気って何だよ。
まるで、嫉妬したみたいな台詞吐きやがって。
そういう関係じゃないのは、シーザーが一番分かっているはずなのに。
横目で隣を伺うも、視線が交わりそうになって、慌てて机に目線を落とす。
正面や斜め向かいに居る女の子が、シーザーをチラチラ気に掛けているのがジョセフにだって分かるのに、いつまで経ってもこの男は動こうとはしなかった。
別に見張られなくとも、もう女の子に声は掛けるつもりはない。
興を大分削がれてしまったし、またシーザーに邪魔されてあれこれ口を出されるのは御免だった。
こうなったら、当初の目的通り酒を好きに飲んで帰るだけである。
「あっち行けよ」
「それは出来ない相談だな」
一人で気ままに飲むと主張しても、シーザーは聞き入れず、ジョセフの傍を離れない。
女の子が皆お前を待ってるぞ。
ほら、あの子とか寂しそうにしていると教えたところで、気の無い返事をするだけである。
「俺に構うなって言ってんだろ!」
「きさまを放し飼いにすると碌なことにならんからな」
「んだと、ゴラァ! 犬か何かと一緒にするんじゃねぇ!」
保護者ぶりやがって。
邪魔に入るまでずっと無視して女の子と話していたその口が言うのか。
「だーかーらー! おめーはあっち行けってんだろうがァ!」
「何処に居ようが俺の勝手だろ」
「じゃあ、俺が向こう行くから着いてくんなよ」
「待て、ジョジョ!」
「煩ぇ! 服が伸びんだろ! 離せ!」
殴り合い手前の言い合いになっても、周りはジョセフとシーザーがまた揉めてるなんて指差して笑うだけ。
場を盛り上げる余興扱いかよ。
結局、押し問答は飲み会が終わるまで平行線のまま続いて。
隣に陣取ったシーザーが他人を寄せ付けなかったせいで、ジョセフが参加していた女の子と親密になることは無かった。



それから、数日。
二人の関係は大きな変化もなく、シーザーの部屋に入り浸る日々が続いている。
借りてきた映画を並んで見たり、期限が迫ったレポートをシーザーに追い立てられながら必死に終わらせたり、ジョセフが持ち込んだゲームで盛り上がり、そのまま夜を明かしたのは一昨日の話である。
変わったことと言えば、シーザーの部屋を尋ねたまま泊まる流れが多くなった。
床で寝ろ。お前が床で寝ろ。
固いから嫌だ。俺も嫌だ。
そんなやりとりを繰り返し、一人で寝るには十分な、けれど体躯の良い男二人で寝るには手狭なセミダブルのベッドで身体をぴったり寄せ合って寝ている。
寄せ合うと言うか、この場合後ろから抱きしめられると言うべきか。
寝ている間は無意識に動いてしまうせいで、何度かジョセフがシーザーを蹴落とすことや、逆にシーザーの腕がジョセフの顔面に直撃することも多々あり、最終的にこの形に落ち着いたのだ。
野郎を抱き枕にするなんて有りえないと拒否すると思ったのに。
これなら良いだろう。
落ちる心配もないし、落ち着くと零したのは、シーザーの方だった。
同時に、硬くて抱き心地の悪い枕だとぼやきやがったが。
季節柄もあったのか、身体が触れ合っていても不思議と不快と感じることは無かった。
向かい合うのは少し抵抗があったけれど、後ろからなら然して気にならない。
違和感を少しばかり覚えても、押し切られたら、まあ良いやなんて流されたのが悪かった。
気の置けない友人に、何気なく零した際に、冗談だろうと笑い飛ばされた時になって、これは可笑しいとジョセフも気付き始めたのだ。
キスの一件以外は親友の時と変わらず、恋人らしいことなどしていない。
呑気に構え過ぎではないか。
いやいやいや。
別に、ベッドでただ寝てるだけだし。
疾しいことは何もないし。
そうだ、疾しいことは何もない。
男だからその類の衝動もあるだろうが、ジョセフ相手にシーザーが盛ることなど有りえないのだ。
だから、大丈夫。
問題ないと頷いたところで、引っ掛かりを覚えた。
ほとんど毎日と言っていいほど、ジョセフはシーザーの部屋を訪ねている。
しかも、泊まりで。
「アイツ自分で処理してんのか?」
シーザーも年頃の男だ。
溜まるものも溜まっているわけで。
どこかで抜いていると考えるのが妥当であるが、部屋では四六時中ジョセフと共に居る為、出来るとしたら風呂か、ジョセフの居ない時間帯くらいしかない。
「どっかで女の子相手にしてるとか」
「何の話だ?」
昼間、友人に言われた台詞を思い出したジョセフが、ここ最近の二人の関係を振り返っていると、不意に声を掛けられた。
ギクリと肩が跳ねたのを誤魔化して笑顔を向ければ、タオルを頭に掛けたシーザーが目を眇めた。
そういえば、シャワー浴びてたんだっけ。
自分が先に入り、シーザーがその後に続き、後は寝るだけという状態。
テレビ番組も興味の無いものばかりで、雑誌や漫画も読み飽きていた為、自然とひとり物思いに耽っていた。
そのタイミングであの一言が口から零れたのは、不味かった。
恋人を意識させる態度も単語も今まで避けていたのに。
「恋人が居るのに、浮気をするわけがないだろう」
聞こえたのは、最後の一言だけだったらしい。
女の子に優しくすることはあっても、恋人が居る間に他の誰かに手を出すことは無い。
シーザーの言葉は真実で、ジョセフも過去に二股で揉めたという噂は耳にしなかった。
思いの外、誠実に付き合っていたんだと感心すると同時に悪戯心が芽生える。
「じゃあ俺とシテみる?」
絶対にシーザーは頷かない誘い。
恋人らしい振る舞いをしたくないジョセフが敢えて仕掛けたのは、未だに見せかけの恋人という関係に音をあげないシーザーに焦れていたのもあった。
「なあ、シーザー。どうする?」
予想に反し、シーザーが驚きに固まったのは一瞬のことで、すぐにベッドに腰掛けると、にジョセフに挑発的な目を向け、こっちに来いと誘ってきた。
熱を帯びた眼差し。
冗談では済まないそれに、ジョセフはゴクリと唾を飲んだ。
マジかよ。
眉を顰めてふざけるなと一蹴するはずだろう。
「どうした? 怖気づいたのか?」
先に仕掛けたのは、ジョセフだ。
無論、本気では無く揶揄ってやるだけのつもりで。
誘いに乗るのは本意ではないが、逃げるのかと言われたら残りたくなるのが人の性ってもんだ。
しかし、付き合うことになった時と同じ轍を踏んでいいのか。
駄目だ。
理性が止めるけれど、身体は正直で。
負けたくない。
馬鹿にされたくない。
意地の中に、触れて欲しいとか、触れたいとか。
そんな願望が芽生えて、ジョセフは戸惑う。
「ジョジョ」
聞いたことの無い、低く掠れた声で名前を呼ばれる。
鼓膜を震わせる音は甘い毒を持っているようだった。
ジッとこっちを見つめる双眸に宿る劣情の色を見た刹那、身体が震える。
感じたのは、恐怖ではなく、歓喜。
否定しても、衝動は収まらなくて。
目を奪われた眸から視線を逸らすことも出来なくて。
気付けば、引き寄せられるように、シーザーのもとへ向かっていた。