空音アザレーア 04


掠れた声が名前を呼んだ。
聞き慣れない甘い響きを持った音に、ビクリと身体が揺れた。
熱を帯びた双眸がジョセフを見つめ、開いた口から覗いた舌がペロリと唇を舐めた。
喰われる。獲物の如く捉えられ、急に恐ろしくなった。
無意識に後ろに下がれば、すぐに腕を掴んだ手に惹き寄せられ、耳元で咎めるかの如く殊更優しく名前を呼ばれる。
待ってくれ。
そんなつもりじゃなかった。
慌てたジョセフは両手を思い切り突き出した。
「ストップ!  俺が悪かった!」
勘弁してくれ。
叫んでシーザーを押し退けようとするが、両手はシーザーに触れることなく、すり抜けた。
「え?」
可笑しい。触れた感覚が無い。
シーザーはジョセフの腕を掴んでいるはずなのに、何故自分は触れることが出来ないのか。
慌てるジョセフを見たシーザーは愉しそうに顔を寄せてくる。
そのままキスされると思った瞬間、ぎゅっと目を瞑るジョセフだが、やはり唇が触れた感触は無くて。
ゆっくりと目を開いた先。
つい先刻まで居たはずのシーザーの姿が忽然と消えていた。
代わりに視界に映るのは、伸ばされた自分の両手。
「……夢かよ」
見慣れた天井を背景に、目の前の自分の手をゆっくりと動かしながら、漸くジョセフは状況を理解した。
やけにリアリティのある夢だ。まるで、現実のような。
そこまで考えて、ジョセフは頭を抱えた。
そうだ。
「夢じゃなかったんだ」
全てが夢というわけではない。
たった今、見ていたのは夢だけれど、シーザーに甘く掠れた声で囁かれ、触れられたのは本当だった。
生々しく感じるのも当たり前だ。
既に体験した出来事なのだから。
しかも、つい二日前に。
夢であれば良かったのに、残念ながら現実である。
煽られたシーザーの挑発に乗って、あの事故のキスの記憶が吹っ飛ぶような濃厚で強引なキスをされて。
段々と呼吸が苦しくなり、離せと胸を押し返しても止まらなかった。
侵入してきた舌に歯や上顎をなぞられると、擽ったいような、じれったいような感覚に襲われた。
じわじわと高められる熱と息苦しさで靄掛かっていく思考。
水の膜が張って歪む視界に、細められるペリドットが映った。
笑ってやがる。
余裕のあるシーザーを見た瞬間、熱に浮かされた心が刺激され唇に噛みついた。
呻き声と共に離れる唇。
無遠慮に歯を立てたせいで出血したのだろう。
口元の血を手の甲で拭うシーザーが、何しやがるとばかりにジョセフを睨みつけ、仕返しとばかりに唇に噛みついた。
そこからは、喧嘩の延長に似た色気の無い取っ組み合いが始まった。
床に転がって、唇をぶつけるように重ねて。
ベルトに手を掛けて履いていたジーンズを脱がそうとするシーザーの手を反射的に蹴飛ばす。
舌打ちが聞こえた直後、緩く反応していた中心を強く握られ、ジョセフは小さく喘いだ。
抵抗が弱まった隙に、シーザーが下着毎ジーンズを脱がせる。
そのまま片足を持ち上げて、太腿を唇で辿り、付け根ギリギリに噛み付く。
痛い。
ジョセフが暴れて騒ぐと、こちらを見下ろすシーザーの口元が歪む。
唇を噛まれた仕返しのつもりだったのだろう。
噛んだ場所にゆっくりと舌を這わされ、ゾクリと身体が震えた。
零れそうになる声を堪え脚をバタつかせると、芯を持ち始めていた中心を強めに握り込まれた。
何処をどう刺激されると気持ち良いか分かっている手は、ジョセフを意図もたやすく陥落させて。
完全にシーザーのペースに飲まれ、奴の手で絶頂に導かれてしまった。
他人の。男のナニに、コイツが自ら触るとは。
達したことにより冷静になる頭で違和感を覚えるも、目があったシーザーに再び唇を奪われるとすぐに身体は熱を帯びた。
キスを仕掛けるシーザーには余裕があり、自分だけイッたというのも悔しくて奴のモノに手を伸ばした。
反撃されると思っていなかったようでシーザーは一瞬身を引いたものの、すぐに調子を取り戻して。
陰茎を握るジョセフの手を促すように、自らの手を重ねた。


結局その日は、お互いのモノを抜きあって、終わり。
背徳感が興奮を煽るのか、一度達しただけは満足出来ずに、二回、三回とキスを挟みながら相手に触れた。
最後には、二人分のアレをくっつけて擦り合わせて、滅茶苦茶興奮して、気持ち良かったことを覚えている。
腹や下肢はどちらのものとも分からない体液で汚れていたから、一緒にシャワーを浴びて。
だからと言って終わった後に、艶っぽい雰囲気などあるはずもなく。
いつもの調子で狭いだの、お前が譲れだの、ぎゃーぎゃー喚きながら風呂を出る頃には、まるで何事も無かったかのように、いつもと変わらぬ空気と距離感に戻っていた。
その夜も一緒に寝たけれど、いつも通り抱き込まれるだけで、キスを仕掛けられることも無く。
回された腕はいつもと変わらず、ただジョセフの背中を包むだけだった。
翌朝も同じで、昨夜のことなど一切知りませんって態度で接してくるから、ジョセフも頭の隅に追いやったはずだった。
それを夢に見るということは、自分の中で無かったことに出来てないということだ。
最悪だ。
何が性質悪いかって、あれだ。
自分が体験したこともあり、やけにリアルだった為に現在進行形で下半身が反応してしまっているという点である。
静まれ、自分。
生理現象だ。
今此処で抜けば、余計なことを浮かべてしまうのは確実だ。
冷たいシャワーでも浴びれば、治まるだろう。
風呂場へ向かい、脱衣所にある洗濯機にTシャツとスウェット、下着を投げ入れる。
その際、洗面所にある鏡に自分の姿が映り、ジョセフは眉を顰めた。
「完全に喧嘩のあとだよなァ」
情事の名残は、言わなければ喧嘩の際に出来た傷とも思われたはずだ。
キスマークというには、痛々しい色の鬱血痕。
足の付け根と痣のある肩口、二の腕には、噛み跡もあった。
獣かよ。
女の子には、絶対しないだろう。
未だ肌に残る痕跡に、シーザーが過去に付き合った恋人を重ねて、大きく頭を振った。
余計なことは考えるな。
鏡から視線を逸らし、風呂場に足を踏み入れる。
考えなしにシャワーコックを捻り、水を頭から被るとその冷たさに思わず声をあげて慌て離れた。
「ひっ」
頭を冷やす意味もあったとはいえ、急に冷水はまずかった。
震える身体を摩りながら、今度はゆっくりと腕からシャワーの水を浴びてゆく。
最初は冷たく感じたが、段々と身体が慣れるに従い、心地よく思えた。
寝汗が流れ、熱を帯びた下半身も次第に落ち着いてくる。
良かった。
シーザーのことや情事のあれこれを浮かべても、もう平気だ。
大きく息を吐き、壁に頭をつける。
「どうかしてるぜ」
当たり前だが、シーザーが一人で抜くところを見たことは無い。
野郎同士が集まってポルノ鑑賞なんてこともあったりするが、シーザーは参加したことが無いし、ジョセフと二人で観るなんてこともまず無かった。
そもそも、スケコマシと名高いこの男が相手に困るはずもなく、その類のものに世話になることは無いのだ。
それが、どうしてこうなった。
突っ込んで無いから、ギリギリセーフだ。
大丈夫。
そう言い聞かせるものの、これは完全にアウトではないかと内心焦っている。
駄目だ。
これ以上、踏み込むのは危険だ。
本能が警鐘を鳴らしているのが、聞こえた。
同じことが続けば、ごっこ遊びでは終われなくなるだろう。
切欠はいい加減なもので、冗談じゃないと笑い飛ばしていたのに。
意地を張っているのは相変わらずだが、それ以外の何かが存在しているような、そんな予感があった。
止めると一言告げ、負けを認めるべきじゃあないのか。
触れ合った後も態度が変わることは無かったのだ。
シーザーも冗談が過ぎたと笑ってくれるだろう。
ジョセフと違って気にしている様子は全く見られない。
「単なる気まぐれなんだろうなァ」
むしろ、気の迷いというべきか。
次は無いに決まっている。
ならば、まだ止めると負けを認める必要もない。
高を括るジョセフの甘い考えに反し、一度目のそれが呼び水となったように、その後はなし崩しに、関係が続いた。
始まりは、大抵シーザーから。
目が合ってそういう雰囲気になって、手を伸ばされて。
触れられたら、後はただ熱と欲に身を任せるだけ。
シーザーの部屋を訪ねて泊まる場合、まずそのパターンになるのがほとんどだった。
流されている。
頭で理解していても、触れられるのは心地良くて。
お互い何も言わないまま、関係を曖昧にしておきたかった。
どちらも止めようと言わないまま、続けられる恋人ごっこ。
キスの回数と慰める頻度が、次第に短くなっていくことに不安を覚えたジョセフが指摘しようとするも、毎回図ったかのようにシーザーに遮られる。
都合が悪くなるとキスを仕掛けてくるのだ。
うるさい事を言う口は塞いで黙らせてしまえ。
強引なキスに他の意味なんてきっと無くて、余計なことを口走らなくて済んだからジョセフにとっても丁度良かった。
細い糸のように簡単に切れてしまいそうな脆い交わりであったにも関わらず、このままで居られるような気がした。
そんなこと有りえるはずがないのに。
これで良いと思いながら、どこかで焦れていたのだろう。
見えない出口を求めるように、拙い関係が壊れる瞬間は突然訪れた。


それは、午後から土砂降りの大雨となった日のことだった。
天気予報を見て居なかったジョセフは、朝の晴天を信じ降るはずがないと傘を持たずに家を出た。
時間が経つにつれて怪しくなる雲行きに、どうか帰るまで持ってくれという願いも虚しく、天気予報は的中した。
ポツリ、ポツリ。
地面を濡らしたかと思えば、バケツをひっくり返したかのような雨が降り出した。
周りからは苦々しい声と共に、傘を持って来て良かったという安堵の声が聞こえ、舌打ちした。
ジョセフのように傘を持っていないという人間の方が少数派のようで、講義が終わるタイミングで少しだけ雨足が弱まったのを幸いとばかりに、学友達はこぞって帰宅していった。
傘のないジョセフは、暫く待てば止むだろうと安易に考えて彼等を見送ったのだが、それが間違いだった。
雨は上がるどころか再び勢いを増し、ジョセフは完全に帰るタイミングを失った。
暗い雲が覆う空を見上げ、唇を尖らせた。
濡れて帰るには、雨が強すぎた。
「止まねーかな」
夜更けまで雨だと学友は言っていたから、望みは薄い。
マシになったところで走って、帰ったらシャワーを浴びるしかないだろう。
ポケットから携帯電話を取り出し、時間でも潰そうと思ったところで、聞き慣れた着信音が響いた。
画面に表示される発信元の名前は、シーザー。
部屋に来るかどうかの確認だろうと思って通話を繋げると、居場所を聞かれた。
「そこで待ってろ」
シーザーこそ何処に居るかと聞く前に、大人しくしていろと釘を刺され、通話が一方的に切られた。
ガキ扱いしやがって。
いっそのこと、隠れてやろうか。
もしくは、雨の中飛び出すか。
あの様子だとシーザーはまだ構内に居るはず。
どうせ雨に打たれるつもりだったのだ。
こちらの返事待たずに切った奴を待つ必要もない。
何となくシーザーを困らせてやりたい気持ちが湧いて、ジョセフが雨の降りしきる中に一歩踏み出した。
「待てと言っただろう、スカタン」
しかし、濡れた地面を踏みしめるより先に、襟首を掴まれた。
思い切り引かれたせいで首が締り、呻き声が零れた。
「いきなり引っ張るんじゃねぇよ!」
首が閉まって死ぬかと思った。
ジョセフが抗議すると、シーザーは外を指差して首を横に振った。
「天気予報くらい見ろ」
こっちの主張は無視か、この野郎。
喉元を抑えて睨んでも気にした様子もなく、折り畳み傘を差し出してくる。
「お前の分だ」
「そりゃどーも。用意の良いことで」
てめーはどうするんだと聞くまでもなく、シーザーの手には別の傘が握られていた。
最初から二本用意していたらしい。
傘を持ってくるなんて最初から期待していなかった。
シーザーは、電話でジョセフの居場所を聞いた時点で確信していたようだ。
勝ち誇った笑みが実に憎らしいが、傘なんて要らないと突き返すには、外の天気が悪すぎる。
「帰るぞ」
早くしろと言われ、ジョセフがシーザーに続こうとした矢先、視界に入った困り顔の女の子。
空を見上げる姿は、数刻前のジョセフと同じで、誰かを待っているのではなく、傘を忘れたのだろう。
止む気配の無い雨を不安そうに見つめる眼差しに、思わず足を止めた。
「ジョジョ?」
シーザーもジョセフが立ち止まったことに気付いたようで、訝しげに名前を呼ばれる。
様子が可笑しいとすぐに何か問題を起こしたと疑うのは止めろ。
傘をシーザーに振りかぶったわけでも、貸して貰った恩を忘れて逃げようとしたわけでもない。
言葉無く目線で女の子を示せば、存在を認識した途端に状況も察したようで、すぐさまその近くに歩み寄る。
流石は、スケコマシ。
躊躇いなく女の子に声を掛けると、自分が手にしていた傘を指差して何やら話している。
頬を染めて話す女の子は満更でも無いようで、シーザーとの下校というチャンスに喜んでいるのが傍目から見ても分かった。
揃って仲良く帰れば良い。
二人から視線を逸らすと、ジョセフは一人で帰るべく受け取った傘を開いた。
「きさまはとことん話を聞かんやつだな」
「げっ、シーザー」
傘を持っていなかった左手が強い力で掴まれた。
またかよ。
女の子と帰ることになったのではないのか。
まさか、三人で帰ろうとか言うんじゃねぇぞ。
「あれ? あの子は?」
「あそこだ。急ぎの用があるらしく走って帰っていったぞ」
振り返った先に居たのは、シーザー一人だけ。
女の子は傘だけ借りていった。
残されたシーザーがやけにあっさりと話すものだから、ジョセフは拍子抜けしてしまった。
てっきり、女の子と帰ることを喜んでいると思ったのに。
この雨の中で相合傘は、どちらも濡れてしまうと考えていたのかもしれない。
コイツなら女の子の為に濡れることは厭わないだろうに、珍しいこともあるものだ。
「ジョジョ」
ジョセフがまじまじとシーザーを見つめていると、空いた手をシーザーが目の前に差し出してきた。
掌の上には何もない。
ジョセフの片手を捉えたままだから、握手を求めているわけでもないだろう。
「何?」
「傘を寄越せ」
「おめーがくれたんじゃん」
自分の傘が無くなったから渡せというのは横暴だ。
「貸しただけだ」
「それでも今日は俺のモンだろ!?」
何て奴だ。
やはり、こっそりと先に帰るべきだった。
傘を譲るまいと力を籠めれば、シーザーもジョセフを捉えた手を離し、奪い取ろうと傘の柄に手を掛けてきた。
「落ち着け」
「おめーが落ち着けよッ!」
平和的に話し合いをしたいのならば、まずその手を退けやがれ。
「別に俺はお前と傘の取り合いがしたいわけじゃあない」
「だったら、早く手ェ離せ!」
「離したらお前ひとりで帰るだろう」
無論、その通りであるが、素直に答えるわけにはいかないので、そんなことは無いと笑って返す。
「やっだなァ〜。俺がシーザーちゃんを置いていくように見える?」
「見えるから言ってるんだよ」
即答するなよ。そのつもりだったけど。
「おめーだって俺から傘取ったら、同じことするんだろ!」
開き直って同罪だと罵れば、シーザーは違うと首を横に振る。
「違うって何かァ? 野郎同士で相合傘でもするつもりかよ?」
むさ苦しいことこの上ないから、勘弁願いたい。
見た目からしても寒いだろう。
そもそも、体格の良いジョセフとシーザー二人が入るには、折り畳み傘は小さ過ぎる。
「……悪いか」
悪いから言ってるんだよ。
ジョセフの反論は、拗ねた子供を思わせる表情で視線を逸らしたシーザーの姿を前に、喉の奥に仕舞い込まれた。
普通、そこは女の子を選ぶところだろう。
遠回りになっても、あの子を送って共に帰るべきだった。
なのに、シーザーはジョセフと帰ることを望んだ。
「濡れても知らねーからな」
予想外の反応に込み上げそうになる嬉しさを押し殺し、ジョセフは本意ではないが一緒に帰ってやる。
心と裏腹の態度を示しながら、傘をシーザーに向けた。


雨の中を一つの傘を分け合いながら、並んで歩く。
お互い極力濡れないように距離を詰めてはいるが、どう頑張っても傘の面積が圧倒的に足りない。
半分とまでは行かなくても、三分の一以上は雨水を浴びている状態だ。
無いよりはマシにしても、これだけ濡れるなら走って帰った方が良いのではないか。
傘を持ち、隣を歩くシーザーの様子を伺うが、コイツは気にならないのか、平然としている。
自分の方が、よっぽど服や身体を雨で濡らしているくせに。
やはり、傘をジョセフが持つべきだった。
シーザーの方が背も低い癖に、傘は自分の物であると権利を主張して譲らなかったのだ。
「女相手じゃねーんだから」
変に気を回す必要はない。
「お前相手だからな」
ボソリと呟いた嘆きは、近すぎる距離のせいで運悪く拾われてしまった。
シーザーはジョセフを真っ直ぐ見つめると、言葉を重ねた。
「お前は、俺の恋人だろう」
緩められる目許。
殊更優しい声で告げられ、言葉に詰まった。
何て顔してんだよ。
冗談を言って流してしまいたいのに、不覚にも大きく心臓が跳ねた。
これ以上、心を乱さないでくれ。
ジョセフの願いも虚しく、タイミングを見計らったシーザーの顔が近づき、唇が重なった。
触れるだけのキス。
すぐに離れたそれが名残惜しくて、ジョセフから再び仕掛ける。
降りしきる雨と傘に隠れて、何度もキスを繰り返して。
最後に唇が離れた時には、身体が熱を持ち始めていた。
シーザーの眸にも劣情が滲み、ジョセフは小さく息を飲んだ。
キスだけでは、足りない。
飢えを感じたのは、恐らく同時だった。
傘を投げ出したシーザーがジョセフの手を取り、降りしきる雨の中を走り出す。
雨水で身体の表面が冷えるのに、内側には熱が渦巻き、掴まれた手が触れた場所から火傷してしまいそうだと思った。
迷いなく進む背中を追いかけて、辿り着いたのは、シーザーの部屋。
鍵を開ける間すら惜しいとばかりに、慌ただしく音を立てて開けられる鍵。
部屋の中に引き込まれた時には、扉に押し付けられ、先刻の不足分を埋めるかのように深く口付けられていた。
ジョセフの足の間に片足を入れ、反応しかけた中心をぐいぐいと押し上げてくる。
「……ジョジョ」
耳元で吐息混じりに名前を呼ぶ声は、いつもと違って聞こえた。
耳元をねっとりと舐めあげられ、ぶるりと身体が震える。
「シーザー」
情欲が滲む眸に、強い渇望を見た。
喰われる。
夢で見たよりも、これまで触れた時よりも、強くそう感じた。
だから。
「俺のこと抱いてみる?」
投げかけた問いは、嘗て揶揄った時と異なり、あからさまに声が震えてしまった。
動揺は、シーザーにも伝わったはずだ。
拒絶された場合、誤魔化せない。
それでも、燻る熱に賭けてみたかった。
あと一歩踏み出して、今の関係を別の形で壊したかったのだ。
ほんの僅かな沈黙が、やけに長く感じた。
拒否出来ないから黙っているのだろうか。
ならば、何故離れないのか。
疑問に思いながら、ジョセフが顔を上げた先。
「ジョジョ、俺は……」
シーザーは、眉間にこれでもかというくらい皺を寄せて、唇を噛みしめていた。
悲痛な表情。
後悔しているって、顔だった。
試さなければ良かった。
やっぱり、男は駄目ってことだろ。
途端に気まずくなる空気。
中途半端に高められた熱が、酷く惨めだった。
笑い飛ばせば良いのに、上手く笑顔が作れない。
取り繕えない程、衝撃を受けていることにジョセフは驚き、漸く理解した。
自分が、シーザーを好きだということを。
異性に抱くような想いを抱いているということを。
気づかないフリをしたままでいられたら、良かったのに。
もう遅い。
想いを自覚した瞬間、ジョセフは恋を失ったのだ。
傍に居られるはずがない。
躊躇いがちに何か伝えようとするシーザーを突き飛ばし、ジョセフは部屋の外へと逃げ出した。