輪廻で求めた夢の結末
どうか、もう一度。
強い願いが、全てを廻り合わせたのかもしれない。
ロマンチストを気取るわけではないが、シーザーは物心ついた頃から、たった一人を探していた。
誰かは、分からない。
顔も、名前だって知らない。
本能的に、自分が誰かを待っていることだけ理解していた。
幼い頃は、人混みの中をキョロキョロと見回し、すれ違う相手の顔を見ては、違うと落ち込んだ。
迷子のような気分を何度も味わった。
両親はシーザーの行動を心配したけれど、自分自身でもよく分からないから説明出来ず、握る家族の手にすら違和感を覚えていた。
それなりの年齢になり、女の子と付き合っても、心が満たされることは無かった。
違う。
また、違う。
期待しては、裏切られた。
デート中も上の空だったシーザーは、誰のことを考えているのかと問い質される数も少なくともなかった。
誰を、なんてこっちが聞きたい。
探すのを止めよう。
諦めて、そこそこ気に入った女の子を好きになろうと思ったけれど、上手くいかない。
自分自身に嫌気が差して、荒れた時期もあった。
いつまで探し続けるのだろう。
女の子と付き合っては別れを繰り返したせいで、シーザーはスケコマシだの女タラシだの、不本意な名で呼ばれた。
たった一人を求めているだけなのに。
飲みの席でボソリと呟いた本音は、周りに面白い冗談だと盛大に笑い飛ばされた。
とんだロマンチストだ。
自棄クソで顔も名前も知らないと語るシーザーに、外野はやたらと生温い眼を寄越した。
そんな中、前世の記憶じゃないかとからかう声が、やけに耳に残る。
例えば、過去の自分が居て、かつて愛した存在を求めているのではないか。
酒に酔った馬鹿の戯言だ。
発言した本人も可笑しそうに、自分は前世何だったかと話題を移し、特に気にした様子もない。
なのに、否定出来ないのは何故だろう。
戯言だと一蹴した仮定は、強ち間違っていないのかもしれない。
後にジョースターという姓の男と出会い、シーザーは運命染みた縁を確信した。
これまで直感で違うと判断したのと同じだった。
間違いない。
自分が待っていたのは。
納得しかけたシーザーだが、再び男に向き合うと違和感に襲われた。
やっぱり、違う。
笑顔で手を差し出す男を前に、密かに落胆した。
父の古い友人の息子であった彼は、シーザーの三つ上でお人好しという言葉が似合う人物だった。
親同士の交流も手伝い、友人と呼べる間柄になった頃、彼の子供が生まれた。
生まれる前から、彼の妻と腹の中の赤ん坊について散々話を聞かされていたこともあり、シーザーは祝福に駆け付ける。
ジョースター夫妻に温かく迎え入れられ、赤ん坊と対面した。
可愛いだろう。
そう言って赤ん坊を目の前に差し出され、恐る恐る小さな指に触れた。
その瞬間。
シーザーの脳裏に、体験した覚えのない記憶が流れ込む。
ぐらりと揺れる視界。
心配そうな声に、意識が引き戻された。
大丈夫かと心配する二人に笑顔を貼り付けて、もう一度赤ん坊へと目を向ける。
『…ジョジョ』
小さな呟きは、幸いなことにジョースター夫妻には聞こえなかった。
ジョースター夫人の腕に抱かれる赤ん坊を見つめるシーザーの胸に込み上げる様々な感情。
漸く逢えた。
見つけた。
複雑な心の中、最も強いのは喜びだった。
幼い自分が探していた存在。
過去に置いてきた、儚くも愛しい思い出。
思わず伸ばしたくなる手を押さえ、祝いの品と軽い挨拶をしてその場を去った。
赤ん坊の性別が女の子だったのには驚いたものの、シーザーが待っていたジョジョに間違いない。
今はまだ話すこともままならないが、成長したら自分を思い出してくれるだろうか。
シーザーが探していたように、見つけてくれるだろうか。
気が早いなんて呆れながら、今度は子供服でも買って会いに行こうかなんて考えていた矢先。
訃報がシーザーのもとへ届いた。
ジョースター夫妻が事故に巻き込まれ、赤ん坊だけが奇跡的に助かった。
知らせを受け、慌てて病院に駆けつけたシーザーは、夫妻の遺体と対面した。
嗚呼、どうして。
あの子を置いていってしまったのか。
過去の記憶で、両親が居ないと語った彼の寂しげな顔が過り、拳を握りしめた。
すぐさま赤ん坊のもとへ向かい、怪我ひとつない姿にホッと胸を撫で下ろす。
残された子供は、どうなってしまうのだろう。
シーザーの胸に不安が過った。
予感は的中し、赤ん坊の引き取り手が居ないことを父から教えられた。
施設に預けるなんて、冗談じゃない。
大変だとか、無理だとか、言われても知ったことか。
周りの反対を押し切って、シーザーは赤ん坊を育てることを決める。
両親は苦い顔をしたが、ジョースター家と付き合いのあった父が最終的に支援を申し出てくれたのは有難かった。
役所に届けがまだ出てないことを幸いに、シーザーは赤ん坊をジョセフと名付けた。
父にまるで決まっていたようだと呆れられたが、当然だ。
だって、この子はシーザーが待ち侘びた彼なのだから。
ジョセフが最初に覚えたのは、シーザーの名前だった。
舌足らずな声で必死に紡がれた声。
記憶に強く残る音とは違ったけれど、確かに胸に響いた。
必死に伸ばされる両手が愛しくて、ぎゅうっと宝物のように抱きしめる。
今度こそ、ずっと傍に居て自分が守っていくのだ。
強く心に誓った。
最初、シーザーと呼ばせたのは単純な理由だ。
ジョセフに名前を呼んで欲しい。
たった、それだけのこと。
この子がシーザーのように、記憶を取り戻すかは分からない。
もしかしたら、成長するうちにシーザーのことに気付くかもしれない。
可能性が無いわけではないが、出来るならあの頃のように呼んで欲しくて。
周りには、父親に悪いなんて言い訳してみせた。
この頃はまだ、ジョセフの父として生きることを考えていた。
ゆっくりと成長する様を見守り、幸せな人生を歩ませる。
ただ、それだけを考えていたのに。
性別が違えども、ジョセフ・ジョースターの本質は変わらない。
勿論、異なる部分もある。
落胆する一方で重なる面影を見つけては、過去に想いを馳せた。
用も無いのに、返事をするまで自分の名前を呼んだり。
友達に見られるのが恥ずかしいなんて唇を尖らせながら、シーザーの手を離さなかったり。
頭を撫でてやると、擽ったそうに照れて笑ったり。
純粋に、この子が愛おしいと感じた。
そして、過去の彼も甘えたがりの寂しがりだったことを思い出す。
意地っ張りで、素直になれないくせに、ひとりになることを嫌う。
やはり、手放せない。
小さな手が離れて誰かの手を取る未来を改めて思い描いた時、自分自身が抱く感情に気付いた。
よくよく考えれば、当然のことだ。
シーザーは、記憶なくともずっとジョセフを探し求めていた。
逢えたら満足するような想いじゃなかった。
嘗て叶わなかった夢が、シーザーの脳裏を過る。
――拙いどころか、口喧嘩の延長で約束であったかすら怪しい。
そんな、他愛無いやりとり。
明るい家庭をもつことが夢だと話の流れで言ったら、物凄く驚かれた。
失礼な奴だ。
『スケコマシのくせに、ロマンチストじゃない』
『煩ぇよ』
おどけて見せる様が鬱陶しくて黙れと小突いたら、何を思ったかアイツはフラれたら自分がなんて言い出しやがった。
『間に合ってる』
『シーザーちゃんったら、ひどーい』
くねくねと科を作るな。見苦しい。
『自分の心配した方が良いんじゃあないのか?』
『なんだと!?』
コイツは、本気じゃない。
そんなことは、シーザーだって分かっていた。
ただ、ムキになるのが面白くて。
『お前なら、面白いし退屈しねぇかもな』
隠していた本音を、ここぞとばかりに冗談に含ませてからかってやった。
『ふざけるな、このスケコマシッ!』
ジョジョは、シーザーの想いには気付いていないし、同じ感情を抱いていたわけじゃあないだろう。
口約束に過ぎないし、頷いてもいない。
あんな軽口を信じていたのか。
馬鹿にしたように、彼は笑うかもしれないけれど。
それでも。
こうして二人が廻りあったのは、意味があるに違いない。
今度こそ、離れない。
離さない。
結局、最初から答えなんて決まっていたのだろう。
絡む互いの手に、シーザーは小さく笑った。
ジョセフは、シーザーの願い通り健やかに育っていった。
折角伸ばした髪を勝手に切ってしまうのも、擦り傷ばかり作ってくるのもこの子らしい。
シーザーとしては、可愛いワンピースを着せてやりたかったが、こればかりは仕方なかった。
女の子だからなんて口煩くすると臍を曲げるのは分かっていたし、お転婆な姿は逆にジョジョらしくて良い。
そう思って甘やかす度に、親馬鹿だと呆れられた。
特に甘やかしているつもりはないと言えば、ジョセフにすら自覚が無いのかと呆れられた。
小さくなっても生意気な奴め。
憎たらしい態度ですら、シーザーにとっては可愛いもので。
可愛くないなんて正反対のことを言いながら、顔中にキスを降らせてやった。
シーザーの中でジョセフが一番だった。
否、ジョセフを中心に世界が出来ていたと言った方が正しい。
愛情を返してくれる子供も、同じだと思っていた。
自ら手を離していくはずない。
変わらぬ生活を疑わなかった。
だからこそ、ジョセフがどこぞの男とデートするなんて知った際に、裏切られた気持ちになったのだ。
行くな。
はっきり言って引き止めると、ジョセフは反発した。
いつもなら、シーザーが宥めたり、強く言い聞かせたりすると素直に従うくせに、今回に限って強情で。
邪魔をするな。
捨て台詞を吐いて出て行く姿を、呆然と見送った。
まさか、あのジョセフが。
完全に油断していた。
大人げないと分かりながら、周りの余計な男を遠ざけていたのに。
畜生。
探しに行こうかと考えて、流石にやり過ぎだと踏み留まる。
帰ってきたら、問い質せばいい。
苛々と落ち着きのない状態で待った数時間。
帰宅したジョセフを問い詰めた。
煩い。関係無い。
シーザーを切り捨てる声に、焦りが募る。
くしゃりと顔を歪めるジョセフを見て、心が痛んだ。
けれど、それ以上に離したくないという気持ちが勝った。
それ故に、どんな男なら良いのかと聞き返された時は言葉に詰まってしまう。
誰を連れてきても駄目に決まっている。
『お前には、まだ早い』
苦々しく吐き出した台詞は、我ながら白々しいと思った。
ジョセフも同じように感じたのだろう。
『……たら良いのに』
眸を伏せてボソリと呟かれた言葉を聞くことは出来なかったけれど、泣きそうなことだけは分かったから。
自然な動作で頭を撫でて、瞼にキスを落とす。
その際、嫌いと言われたのは聞かなかったことにする。
デートの一件以来、シーザーはジョセフの周囲に注意を払った。
あと少し。
密かに用意している指輪を眺めながら、ジョセフが幼かった頃の出来事を思い出す。
絵本を読み聞かせた後、突然シーザーのお嫁さんになると宣言したジョセフ。
子供の思いつきだ。
本人は、忘れてしまっているだろう。
覚えていたとしても、待っていると告げた言葉を冗談だと思っている。
あの日から。
ずっと、昔からシーザーはジョセフを待っていたというのに。
真実を告げたら、どんな顔をするだろうか。
ジョセフは、過去の記憶を持っていないようだった。
シーザーのように思い出すかと思ったが、今のところその兆候は無かった。
既に出逢っていて目覚めないのだから、このままなのかもしれない。
それで良いと思う反面、寂しいと思う心があった。
いつか、いつか、きっと。
願いに応えるように、その瞬間は訪れる。
過去の彼が自分と出会った歳に、ジョセフに指輪を渡した。
前世では、別の男達から毒入りの指輪なんてふざけた物を渡されていたが、今回は同じ轍は踏まない。
プロポーズの言葉を告げると、眸が落ちてしまうんじゃないかってくらい大きく見開かれた。
驚くのも無理はない。
「ずっと、お前を待っていた」
言葉を失うジョセフに、遠い日から続く想いを伝える。
どうか、この手を選んでくれ。
祈る気持ちが、表情に出ていたのだろう。
ジョセフの手が、躊躇いがちに伸ばされた。
そして、シーザーに触れた途端、ジョセフが前のめりに崩れ落ちる。
床に膝をついて蹲る身体を抱きしめ、大丈夫かと声を掛けた、その時。
『シーザー』
彼に、名前を呼ばれた。
まさか、とは思わなかった。
ついに、この日が来たのだと納得する。
「…ジョジョ」
十八年前、生まれたばかりの命に触れた日と同じく心が震える。
重なる二つの声に、過去と現在が交わるのを見た。
「答えを聞かせてくれ」
今更と言われるかもしれない。
けれど、記憶を取り戻したからこそ、拒まれる可能性もあって。
離してやる自信が無いが、どうしたものかと頭を悩ませる。
恐る恐る尋ねるシーザーに、ジョセフが意地悪く口元を持ち上げる。
「フラれて誰も居なかったら、結婚してやるって言っただろ?」
拙い口約束を嬉しそうに語る姿に、愛しさが募った。
「それはこっちの台詞だ、スカタン」
随分と待たせやがって。
生意気な唇をキスで塞いでやると、恥ずかしそうに目を伏せる。
これまで唇にだけキスしないでやった意味は、ちゃんと分かっているらしい。
すかさず左手の薬指に指輪をはめて、隙間がないくらい抱きしめる。
幸せだった。
思わず零れそうになる涙を隠そうと、ジョセフの肩口に顔を押しつける。
閉じる瞼の裏に浮かぶのは、続く二人の未来。
背中に回る手は、確かにシーザーとの夢と繋がっていてた。