シンティランテ / 始まりの話
日常となった光景。
今日も今日とて二人で夕食を囲んでいると、不意にジョセフがシーザーを見つめてきた。
「どうした?」
味付けに不満でもあったのか、はたまた量が足りないと言っておかわりをせがむのか。
キッチンに残る料理を浮かべながら尋ねるシーザーに、ジョセフは予想外の台詞を吐いた。
「なんかさー、奇妙なもんだと思って」
「お前の発言の方が不可解極まりないが」
ジョセフが突拍子もないことを言い出すのは、珍しいことじゃない。
早く本題を話せと促せば、やはり不思議そうに首を傾げて。
「まさか、おめーと暮らすことになって、こうして飯まで食ってるんだから世の中何があるか分かんねぇって思ったんだよ」
信じられないと笑うジョセフに、シーザーは口を出掛けた言葉を飲み込んだ。
全て運任せみたいな言い方しやがって。
巡りあったんじゃなく、示しあわせたんだよバカ。
「だって。店の客として来た時の印象最悪だったもん」
「お前なァ…」
こちらの想いなど知る由もないジョセフは、無遠慮に本音を続ける。
コイツは知らないんだ。
シーザーがジョセフ目当てで店に通っていたことも、常に気に掛けていたことも。
この状況で告げるのは、非常に面白くない。
「俺だって図体もでかいし、可愛げのないガキだって思ってたけどな」
勿論、嘘だ。
それだけじゃ無い。
態々通った意図をコイツはこの先も理解しないんだろうな。
なんて考えると正直に告げる気はなくなって。
「何だと!?」
案の定、自分の発言を棚上げしたジョセフに食って掛かられた。
単純な奴。
「冷蔵庫にチョコレートケーキがあるぞ」
「マジ!? さっすが、シーザー!分かってる!」
今も怒りを忘れて、頭の中は食後のデザートに切り替わるジョセフに、シーザーは目元を緩める。
「シーザーは食わねぇの?」
「ああ」
元々、ジョセフの為に買ってきたのだ。
自分の分は用意していない。
「はい、アーン」
「ジョジョ?」
なのに、ジョセフはチョコレートケーキを乗せたフォークをシーザーの口元に差し出してくる。
「…俺ばっか食べるのも悪いかなーって」
申し訳なさそうに言って見せるジョセフだが、その眸は悪戯に輝いている。
恥ずかしがるとでも思っているのか。
シーザーが平然と差し出されたフォークを口に含むと、ジョセフはバツが悪そうな顔をした。
照れるくらいなら最初からやるなよ。
「どうした?」
知らない顔をして尋ねると、僅かに頬を赤らめたジョセフにそっぽ向かれてしまった。
素直じゃない。
意地を張ることを分かっていて、からかうシーザーにも問題があるのだけれど。
一人黙々とケーキを食べるジョセフを置いて、空になった食器を片づける。
その間、ジョセフが風呂とだけ告げて、こちらを見ないま部屋を出て行くのを見送った。
前は、目が合うとすぐに逸らされたな。
片づけを終えてソファーに腰掛けるシーザーは、懐かし気に目を細める。
先刻のジョセフの言葉も手伝い、意識は次第に過去へと飛んでいた。
記憶に残る日は、晴天。
雲一つない青空が広がる下、シーザーは女性の平手打ちを甘んじて受けた。
愛していると囁いたのも嘘じゃないが、信じられないと罵られても仕方ないのも事実。
ただ、シーザーは寂しそうな女性を放っておけないという、付き合う相手からしたら耐え難い性分を持っていて。
現在の恋人だった目の前の彼女は、偶然シーザーが他の女の子に優しくするのを目にしてしまったというだけで。
非が自分にあることは分かっていたから、言い訳も抵抗もしなかった。
それが余計に彼女を怒らせてしまったらしい。
引き止めて欲しかったのだろう。
唇を引き結んで別れを告げる細い肩に手を伸ばし掛けて、止めた。
遠くなる背中。
ジンジンと痛む頬は、女にしては強い力で殴られたせいで腫れているかもしれない。
家に帰ったら、早く冷やさないと。
学友にまた女を泣かせただの何だのと煩く囃し立て垂れることは分かっていた。
暫く、彼女は要らないな。
似たような経験を短い期間に繰り返していたシーザーは、思いの外傷ついている自分の心に気付く。
他の誰よりも優先したいと感じる相手に巡り合えないからなのかもしれない。
がっくりと項垂れて帰路に着こうとするシーザー。
その目の前に、差し出される白い布。
「良かったら、どーぞ」
誰だ。
知り合いなんて周りに居ないはずだ。
居たとしても、目撃されたくない光景だ。
恐る恐るシーザーが、視線を向けた先。
「早く冷やした方が良いぜ。折角の男前が台無しだよ、オニイサン」
子供っぽい無邪気な笑みを浮かべる青年が立っていた。
見かけない顔だ。
知り合いでは無い。多分。
ならば、何故自分に声を掛けてきたのだろう。
ぼんやりと男を見つめるシーザーに焦れたのか、手に握っていた布を顔に押し付けられた。
「冷てぇっ」
布かと思ったそれは、おしぼりのようだった。
よくよく見ると、男の出で立ちはカフェのウェイターのもので。
「俺、そこの店で働いてんだ」
シーザーの視線を察したのか、尋ねても無いのに男は背後の建物を指差して説明を始めた。
「丁度、外掃除してたらすっげぇ痛そうな音聞こえてきたからさ」
気になったと至極普通のことのように語る。
からかっているようなら、おしぼりを投げつけてやると思ったが、表情や態度に厭味や棘は見つけられなかった。
見ず知らずの男に手を貸すなんざ、危篤な奴も居たものだ。
基本、女性のみにしか優しさを発揮しないシーザーは、つい珍しい物を見る眼を向けてしまう。
「何? 余計なお世話だって言いたいの?」
「いや…助かった」
頬に当てられた冷えたおしぼりは、熱を持つ肌に心地良かった。
これなら、後は家で少し冷やす程度で済むだろう。
「それやるよ」
「店の備品だろ?」
もう十分だと返そうとするシーザーの手を突っぱねて、男は要らないと首を振る。
勝手に持ち出して大丈夫なのか。
ひとつ足りないくらいでは気付かれなさそうだとは思うものの、心配になる。
渋るシーザーに男は店の方へと視線を向けて。
「代わりにさ、今度店寄ってくれよ。兄ちゃんがやってるんだ」
「へぇ」
「だから、これは営業活動みたいなものなのよン」
片目を瞑って宜しくと言われて、シーザーは再び彼を訪ねようと決めた。
「これは有難くもらっておく」
おしぼりの礼を告げて立ち去るシーザーに、男は手を振って。
次に会った時には、改めて感謝を伝えようと思ったのに。
中々タイミングが合わず、一週間後に店へと来店したシーザーを迎えたのは、他人行儀な営業スマイル。
声を掛ける間もなく注文を聞かれ、テーブルに注文の品を置いた途端、席を離れていく。
何が悪いのか。
会計の時だって知らん顔。
当たり障りのない笑顔でシーザーを送り出す男を問い質したい気持ちを何とか抑える。
隣には、誘った女の子がいるのだ。
平常心、平常心だ。
たまたま忙しかっただけかもしれない。
シーザーは自分に言い聞かせると、別の時間に尋ねてみようと決める。
その翌日。
学部の女の子にこの前のレポートの借りを返したいと言われて、お茶に誘われた。
どうせなら、もう一度彼の働く店に行ってみようと足を運んだが、結果は同じ。
昨日より作り笑いがいい加減になっている上に、冷たい眼で見られた。
何でそんな顔をされなければならない。
文句を飲み込んだシーザーは、二度と彼の前に現れるものかと思った。
なのに、その三日後にまたしても脚を運んでいたシーザーは、自らの行動に頭を抱えた。
本当に何をやっているんだ。
所詮、おしぼり一つの話。
男の言葉通り店には既に訪れいて、義理もとっくに果たしたはずだ。
店の前で立ち止まっていたシーザーを見つけるなり中へと引きこんだ、ガールフレンドは、苦笑いでこちらを見つめている。
声を掛けるべきか否か。
自分からは踏み出せなかったその日、会計の際に向こうから声を掛けられた。
実際は、話し掛けられたというより小さな呟きが聞こえたと言った方が正しい。
「…毎回違う女連れて良いご身分だな」
「は?」
厭味なのだろうか。
思わず耳を疑って男を見つめるけれど、にっこりと綺麗な笑みを浮かべられるだけだ。
返事はない。
本当に何なんだ。
女連れだから悪いのか。
モテ無い奴の僻みか。
理不尽さに苛立ちながら、シーザーの頭を過るのは、初対面で向けられた笑顔だ。
「気まぐれにも程があるだろ」
それとも忘れてしまったのか。
その程度のことだ。
拘る必要は無い。
言い聞かせる心とは裏腹に、もう一度彼と話したいという思いがあった。
「俺も大概だな」
あれから数日。
また来てしまった。
今度は連れの女の子は居らず、一人だ。
意地になっている自覚はあった。
馬鹿馬鹿しいと思う。
また相手にされない可能性の方が高い。
諦め混じりに開いた扉の先、目的の人物を見つけることは出来なかった。
シーザーを迎えるのは、彼に良く似た青年。
恐らくは、彼の兄なのだろう。
店主らしき人物に声を掛けて、先日世話になった件を伝えると、快く話してくれた。
兄と名乗った彼はジョナサン・ジョースター。
シーザーに声を掛けた彼の弟は、ジョセフというらしい。
兄弟揃ってジョジョという名で呼ばれるから、紛らわしいけれど、出来ればそう呼んでやってくれと教えられた。
「君は、もしかしてツェペリさんの親戚かい?」
更には、祖父と縁があることまで分かり、一気に親近感が芽生えた。
ジョナサンは話しやすく、弟であるジョセフについてよく語った。
この前、店を訪ねた時は話せなかったと言ったら、ジョナサンは肩を竦めた。
「君が最初に女の子連れで来たから、少し臍を曲げてるんだよ」
少しだろうか。
臍を曲げる理由だって分からない。
「羨ましいんじゃないかな」
やっぱり僻みかよ。
シーザーは盛大な溜息を吐いて机に突っ伏した。
別に女に困っているような容姿には見えないというのに。
「俺って嫌われてます?」
「うーん。僕には何とも」
言葉を濁した時点で、肯定の意味と取れる。
嘘の吐けない人だ。
これ以上困らせるのも憚られて、シーザーは話を切り上げた。
「また来ます」
色々と話しこんで長居し過ぎた。
軽く挨拶して店を出て、社交辞令ではなくまた此処に来るつもりだった自分に気付く。
ジョセフの話を兄であるジョナサンに聞いてしまったのが余計だったかもしれない。
彼が語る弟の姿は微笑ましくて、妹の居るシーザーは同意する部分や、呆れながらも思わず笑ってしまう面もあった。
ちゃんと話してみたいと思う。
初めて会った日と同じように笑って欲しい。
一方で、スケコマシだの女タラシだの言われる自分が、男を追いかけ回しているなんて酷く滑稽だから、止めろと警告する声も聞こえた。
次はどうするか。
ジョセフが駄目だったら、またジョナサンから彼の話を聞くのも悪くない。
店に行かないという選択肢が無い時点で、シーザーの心は既に傾きつつあった。
訪ねようと決めたわけでなく、気づいたら足が向いていた日は生憎の雨だった。
右手には傘、反対の手には数十分前に買ったパン屋の紙袋を手にシーザーは、見覚えのある景色にハッとなる。
今日は来るつもりは無かった。
近くまで行ったシーザーは、暗い店内を外から覗き見て休みであることを知る。
曜日感覚が抜けていたせいで、ジョナサンから教えられた定休日をすっかり忘れていた。
無駄足だった。
というより、近辺に立ち寄った際に、無意識にこの場所へと向かう癖が付きつつあるのは如何なものか。
どうせ、アイツも居ないのだろうな。
定休日を知る前は、会えるかもしれないと期待していた為、気分が僅かに下降する。
只でさえ、憂鬱な天気だ。
出掛けるべきじゃなかった。
踵を返そうとしたシーザーは、店の前に人影があることに気付く。
休みを知らなかった客だろうか。
否、あれは。
「…ジョジョ」
ジョナサンに聞いた呼び名が、自然と口を滑る。
しかし、小さな呟きは雨音が掻き消して、彼に届くことは無かった。
軒下に立って空を見上げるジョセフ。
その姿は、誰かを待っているようにも、誰も来ないと諦めているようにも見えた。
翳る眸。
遠くを見上げる視線の先、彼の眸には何が映っているのか。
作ったものでも笑顔ばかり目にしていたせいか、違和感を覚える。
こんな顔もするんだな。
表情を曇らせるジョセフを見て、落ち着かない気持ちになった。
早く店の中に入れよ。
感情が読めない顔に、胸が掻き立てられるのは何故だろう。
そのまま見なかったフリをして帰ることは出来なかった。
気づいた時には、手にしていた紙袋をジョセフへ押し付けていた。
最近デートした女の子に美味しいと教えられたパン屋。
明日の朝食にする予定で感想を待っていると彼女から言われていたが、どうでも良かった。
相手にどう思われてるとか。
自分を見たら、どんな顔をするとか。
全て頭から抜けていた。
理由なんてひとつだ。
声を掛けたかった。
それだけのこと。
「…お前」
「それやるよ」
突然の出来事に戸惑うジョセフへ、一言だけ告げて足早に立ち去る。
その場に居たら、腕を引いて無理に連れ出してしまいそうな気がした。
人の気配を感じて、期待に揺れた双眸は、シーザーの心を乱した。
冗談じゃない。
会って間もない男に。
碌に言葉を交わせないどころか、嫌われている相手に抱く感情ではなかった。
「有り得ねぇだろ」
否定の言葉が虚しく響く。
落ち着け。
冷静になれ。
暫く期間を置いても感情の整理が着かなかったシーザーは、意を決してジョセフのもとへ足を運んだ。
身構えるシーザーと対照的に、迎えたジョセフは何事も無かったような態度を取った。
ほんの少し。
気持ちに過ぎないかもしれないが、態度が柔らかくなっている気がするのは、思い上がりだろうか。
現に、視線を逸らされることは無かった。
「お待たせしましたー」
「まだ頼んで無いぞ?」
注文すら聞かれていない。
目の前に置かれたコーヒーカップを見たシーザーが首を傾げる。
「サービスってやつだ」
「サービス?」
「あー、もう! この前の! 一応、これで貸しは返したからな!」
ジョセフは、言い難そうに口籠った後、視線を逸らしたまま捨て台詞のように吐くと、店の奥に引っ込んでしまった。
進歩があったのだろうか、これは。
テーブルの上に置かれたコーヒーとジョセフが消えた方向とを見比べて、シーザーは破顔する。
やはり、ジョナサンの言う通りかもしれない。
つい構いたくなって、放っておけない。
「煩くしたみたいで、ごめんね」
「いえ」
「素直な子なんだけど、結構意地っ張りなところもあって。このコーヒーもジョセフが淹れたんだよ」
様子を見守っていたジョナサンが苦笑交じりに歩み寄り、事の真相を明かしてくれた。
素直じゃなくて、不器用で。
「…でも、これいつもより結構苦いですね」
「可笑しいな…普段通り淹れてたと思うんだけど」
一口含んだコーヒーは、甘党では無いシーザーでも角砂糖を数個ぶち込みたいと感じるくらい、濃い。
ジョナサンの口振りだと、ジョセフの腕前は彼の認めるもののようだから、失敗したのか。
もしくは、悪戯か。
「…あの野郎」
チラチラと様子を伺っていたジョセフの口元が綺麗な弧を描いたのを見た。
シーザーの傍に居たジョナサンも気付いたらしく、額に手を当てて溜息を零していた。
「ごめんね。多分、照れ隠しだと思うから…」
「いえ、大丈夫です」
砂糖とミルクで誤魔化せば、飲めないものじゃない。
そっちがその気なら、全部飲んでやろうじゃないか。
新しく淹れなおすというジョナサンの申し出を断って全て飲み干したシーザーに、ジョセフが近寄ってきた。
「おめー味覚音痴なんじゃねぇの?」
「これを出したお前に、その言葉をそっくりそのまま返してやるよ」
「勿論、わざとだけど」
「…きさま」
「ま、あのパン美味かったしこれでチャラにしてやるよ」
何故、シーザーが許されるような形になるのか。
つくづく調子のいい奴だ。
邪気なく笑うジョセフを見ていると憎めなくて、軽く頭を叩くだけで勘弁してやった。
それから、ジョセフと話す機会が少しだけ増えた。
店に通うシーザーを相変わらず邪険にしながらも、以前のように無視することはない。
憎まれ口を叩かれて、それに返して。
もっと構ってやりたいと思うものの、やり過ぎると鬱陶しがられるだろうから、今のところは現状維持だ。
懐かない動物を手懐けているような気分だった。
ジョセフが居ない間にジョナサンから兄弟の日常について話しを聞いて、二人でジョセフについて語る。
お蔭で目的のジョセフより先に、ジョナサンと親しくなった。
その甲斐あり、大学の寮の取り壊しで住む場所に困っているという相談をした際は、真っ先に自分達の家に来るように誘われた。
大学からの立地や家賃、ジョセフのことを踏まえて願っても無い申し出だった。
「でも、良いんですか?」
「ジョセフのこと? それなら平気だよ」
シーザーが一緒に暮らすなんて聞いたら騒ぐに決まっている。
前より嫌われているとは思わなくなったが、好かれている自信は全くない。
「良い機会だと思うんだよね」
躊躇うシーザーに、ジョナサンは眉尻を下げて微笑む。
含みのある言葉。
追及はしない方が良いと思って、シーザーは言葉無く頷いた。
ふと思い出すのは、雨の日のジョセフのことだ。
家族だからこそ踏み込めないことや、歳を重ねて変わっていくものもあるのだろう。
可能であれば、あんな顔をさせたくない。
何故、そう願うのか。
胸に燻る想いに名前を付けるのを後回しにして、ゆるやかに距離を詰めた。
「よろしくな、ジョジョ」
心底厭そうな顔を向けられた上に、最初は自分も素直になれないこともあったけれど。
――それから。
「シーザー?」
近くで名前を呼ばれて意識を引き戻される。
ソファーに座り込んだまま、随分と時間が経過していたらしい。
風呂上がりのジョセフが、訝しげに覗きこんでくる。
「だーれのこと考えてんだか」
「お前のことだよ」
「嘘吐け」
事実を話すシーザーに向けられる疑わしげな眼。
自分相手とは分からずに、嫉妬しているのだろう。
可愛いことだ。
「試してみるか?」
「冗談でしょ」
「ストップ!」
ジョセフの手を取ってソファーに引き寄せると、片手を前に突きつけられる。
「どうした? ん?」
「シーザー、下に兄ちゃんが」
顔を赤くしながら、どんなこと考えてるんだか。
「俺は髪を拭いてやろうとしたんだが」
ジョセフ以上に周りには気を遣っているつもりだ。
此処で手を出すわけないだろう。
「期待したのか?」
「まさか!?」
意地悪く聞き返すシーザーに、ジョセフが思い切り顔を逸らす。
バレバレだぞ、お前。
「ったく、毎回言ってるのに学習しないな。また風邪ひいても知らんぞ」
勢いよく顔を振った際に飛び散る滴に、やれやれと肩を竦める。
首に掛けるタオルを奪ってジョセフの頭に被せた。
「そん時は、シーザーが看病してくれるんだろ?」
「調子に乗るな、スカタン」
ガシガシと強めに手を動かすと、非難の声が上がる。
それも宥めるように、項や首筋にキスを降らせた途端、大人しくなった。
そのまま手で優しく髪を梳くうちに、ジョセフの身体が寄りかかる。
「此処で寝るなよ」
「んー」
聞いているのか、怪しい返事。
これも毎度のやりとりなので、シーザーも無理に起こしたりはしない。
大抵の場合、睡魔に負けて意識を飛ばすことが多いジョセフだが、態と眠いフリをして甘えることもあるのだ。
意地っ張りめ。
自然と込み上げる愛しさを噛みしめながら、ほんの少し前までの関係を浮かべて奇妙なものだと感じる。
ジョセフの言葉通り、こうして傍に居て触れられる日が来るとは思わなかった。
「なぁ、シーザー。結局、何考えてたんだよ?」
「意外としつこいなお前」
「だって気になるじゃん」
唇を尖らせて眉間に皺を寄せるジョセフは、自分に関する内容だと信じていないようだ。
だからと言って全て話すには、格好悪いから。
「お前が好きだってことを再確認してたんだよ」
「え? それどういうこと?」
「自分で考えるんだな」
不満を漏らす唇にキスを迫れば、逆に噛みつかれて。
話せと迫る身体を力の限りぎゅうぎゅうと抱き締めてやったら、バタバタと暴れ出す。
「教えてくれたって良いじゃん!シーザーの性悪!」
恨めしげにジッと睨まれ、思わず口を滑らせそうになる己を叱咤する。
性質が悪いのは、お前だろ。
ジョセフに対して甘くなってしまう自覚のあるシーザーは、不満の言葉を飲み込む代わりに額を合わせて鼻にキスをして。
「また今度な」
僅かに水気の残る髪を撫でて、殊更優しく微笑んだ。
その際、狡いとジョセフが漏らした声は、聞かなかったことにしたい。