シンティランテ05
シーザーの奴に彼女が出来た。
今更と言われるかもしれない。
逆に居なかったのかと疑問に思うのが普通だ。
実際、アイツは毎日女の子を口説いているようで、その場面を何度か目撃したこともある。
放っておけないとほざいていたシーザーの厭味たらしい笑顔を、ジョセフはこの先忘れないだろう。
だから、不特定多数の女の子相手に、日替わりで約束をしているだけの話だと思っていた。
「シーザーちゃんに本命?」
そんなジョセフの予想は外れ、どうやら特定の彼女を作ったらしいのだ。
話の流れでたまたま聞いた際に、思わず聞き返したのはごく自然なことだった。
「二股か?」
「違ぇよ」
「まさか、両手じゃ足りないとか…」
「一人に決まってるだろうが」
人を何だと思っていると聞かれ、素直にスケコマシと答える。
だって、普通思うだろ。
この女タラシが一人と付き合うわけがないと。
「ジョジョ、きさま失礼なこと考えているんじゃあなかろうな」
顔に出ていたようで、シーザーの米神がピクピク動いていた。
「だってさー」
「その時に恋人として付き合うのは一人と決めている」
一人が居ない場合は違うのか。
尋ねるまでもない気がして、ジョセフは適当に頷いた。
シーザーが誰と付き合おうと勝手だ。
干渉する気もないし、好きにやってくれと思う。
たまたま会話の中で話題に上がったに過ぎない。
もし、この件でジョセフが物申すとすれば、シーザーにおける自分への態度だ。
彼女が出来たなら、少しはコイツの世話焼きも他に移ると思ったのに、未だあれこれ口出しをしてくる。
「つーか、シーザーちゃん今夜もデートじゃないの?」
「そうだな」
あっさりと肯定する男に、ジョセフはがっくりと肩を落とす。
デート前にこの状況は可笑しいだろう。
何で、出かけるのに一緒に夕飯食ってるんだよお前。
「飯食ってからデートかよ」
「悪いか」
悪いというか、可笑しいだろ。
「相手の子に言われねぇの?」
「…もっと早く会えないのかとは言われた」
ほら言わんこっちゃない。
「おめーの世話が必要なガキじゃねぇんだ。俺のことは放って彼女のとこ行けよ」
こっちが逆に気を遣うだろ。
「うちの兄ちゃんだってそこまでしないぜ?」
我ながら正論だと思う。
どこの世界に、彼女より居候先の年下の男を優先する奴が居るのか。
「俺にとっちゃ、図体のでかいガキだよ」
ああ。目の前に居たな。
てめーが不満そうな顔するなって。
たった二つ違うだけで兄貴面しやがって。
納得がいかない表情のシーザーを前に、顔も知らない彼女とやらに心底同情した。
「大体、彼女に何て言い訳してんだ」
「言い訳? 別に真実をそのまま話しているだけだが」
真顔で不思議そうにこちらを見るシーザーに、ジョセフは脱力する。
「手が掛かる弟が居て、夕飯を済ませるまでは無理だと言ったら、笑顔で承諾してくれたよ」
「最初だけだろ」
「そんなこたあないさ。弟は大丈夫かってよく気にかけてくれるんだ」
噂の弟についてあれこれ聞きたがり、家に自分が行こうかとまで申し出てくれた。
優しい子だと嬉しそうにシーザーが語る傍で、探りをいれられてるの間違いだろうとジョセフは呆れる。
いくら家族の為と謂えども、度を越していると感じるはずだ。
第三者のジョセフですら思うくらいだから、当人なら余計に。
別れるのも時間の問題だな。
気づかないシーザーも、彼に振り回される彼女も哀れだ。
仮に、破局の道を辿ったとしても自分は関係ない。
むしろ、被害者だ。
忠告だってしてやった。
「フラれた時は慰めてやるからよ」
だが、後味が悪いのも事実なので、からかい混じりに労りの言葉を掛けてやる。
対するシーザーは、ジョセフの台詞を鼻で笑い。
「この俺がフラれるだと?お前じゃあないんだ」
勝ち誇った表情で見下してきたから、ジョセフの感情は一気に沸点へと達した。
余裕かましてんじゃねぇぞ、クソが。
心配なんてするんじゃなかった。
自覚がないなら好都合だ。
目にもの見せてやる。
滅びろ、色男。
「行かなくて良いのか?」
苛立ちを抑え、ジョセフは部屋の壁に掛けられた時計を差す。
後で覚えてやがれ、シーザーめ。
今日は見逃してやる。
「もうこんな時間か。ジョジョ、片付けは」
「はいはい。分かってますって」
出掛ける直前まで口煩い男だ。
さっさと行けと片手で追い払う仕草をして、シーザーを送り出す。
去り際、一度振り返るのもどうかと思うぞ。正直。
長男気質だが何だが知らないが、ジョセフのことは放置しておいてくれ。
兄というのは下の子供を構いたくなるのが性分なのだろうか。
相変わらず飽きることなく世話を焼いてくるシーザーに、ジョセフは疑問を抱いていた。
妹達が居る話は本人から聞いていたものの、性分というだけでは説明できない気がする。
店を継ぐ前のジョナサンの態度と比べてみても、答えは出なかった。
考えても無駄だ。
シーザーの頭の中なんて分かるはずがない。
それよりも考えるべきことがジョセフにはある。
「さーて、どうやって思い知らせてやるかなァ〜」
人をコケにしやがったシーザーへの報復だ。
誤解の無いように言っておくと、本当に別れさせたいわけじゃない。
ただ、あのスケコマシに痛い目を見せたいだけだ。
ついでに、彼女以外に構い過ぎた結果を突き付けられ、ジョセフへのお節介が減ったら良いと思ったのである。
翌日。
ジョナサンが休みで出掛ける今日がチャンスだと作戦を決行した。
今夜もシーザーは彼女と約束している。
夕食を終え、出掛ける準備をする後姿を見てニヤリとほくそ笑む。
さて、どうやって切り出そうか。
「ジョースターさんは遅くなるのか?」
「珍しく連休だから、泊まってくるってさ」
迷っていたジョセフにシーザーが尋ねてきた。
丁度良い。
「お前一人かよ」
「普段だって兄ちゃん夜遅いじゃん」
ジョセフだけと聞いて眉を顰めるシーザーの反応は都合の良いものだった。
「女じゃねぇし、ガキでもねぇよ」
「しかし…」
いつもならお節介と切り捨てるところだが、今日は違う。
「まあ、ちょーっと寂しいかもしれないけど」
本気と冗談を混ぜた声。
少し困ったように笑ってみせると、シーザーの眸が動揺で揺れた。
あからさまに反応する男に苦笑いを噛み殺す。
オイオイ。よく考えてみろよ。
先刻ジョセフが言ったように、いつもジョセフは一人で気ままに夜を過ごしている。
ジョナサンが一階の店に居ても、顔を合わせて話をすることはまずない。
手伝いがあれば別だが。
一人が詰まらないと感じることがあったとしても、子供のように寂しいと泣くことはありえないのだ。
つまり、シーザーが心配する要素は全くもってない。
「ほら、こんなとこで油売ってると彼女の機嫌損ねるぜ」
出掛けるのを渋り始めたシーザーの背中を押して、玄関へと追いやる。
下手に残ってくれと言われるより、この方が気になるだろう。
上の空で彼女に怒られろ。
そして、己の行動を省みてくれ。
扉が閉じられると同時に、ジョセフは満面の笑みを浮かべた。
戻ってくるはずない。
これで彼女との約束をすっぽかしたら、本当の阿呆だ。
明日の朝は今日のことを問い詰められる前に、逃げ出さなくては。
今夜は大丈夫だと呑気に構えるジョセフは、完全に油断していた。
だって、そうだろ。
一時間もしないうちにリビングの扉から顔を出すとか、予想出来るか。
「ただいま」
あんぐりと口を開けて固まるジョセフを確認するなり安堵の表情を見せるシーザー。
肩で息をする姿に感動する…と思ったか。
このスカタンが。
何なんだよ、コイツ。
「お前さァ」
お帰りと言う前に飛び出すのは、深い溜息。
彼はジョセフをいくつだと思っているのだろう。
置き去りにされた彼女が哀れでならなかった。
スンマセン。
仕掛けたジョセフに非もある為、心の中でそっと謝る。
まさか、コイツが引っ掛かるなんて思わなかったのだ。
過保護、お節介と常々感じていたが、ここまでとは。
完全に読み間違えていた。
此処は真実を告げて、今すぐ彼女のもとへ戻れと言うべきだろう。
「やっぱりどこか調子悪いのか?」
体調を気遣うのは、出る間際のジョセフの態度が可笑しいと感じたからに違いない。
寂しいと言ったことに関して触れないのは、彼の優しさなのかもしれなかった。
こういうところが嫌なんだ。
黙り込むジョセフを心配したシーザーが、ソファーの前で床に膝をついて覗き込んでくる。
ネタばらしするなら今だ。
とは言ったものの、正直に打ち明けられる空気ではない。
「ちょっと腹下してただけだって。シーザーちゃんの料理のせいかな〜」
「なんだと…!?」
ふざけたジョセフの言葉を咎めるシーザーの手が、頭を軽く叩く。
力はほとんど入っておらず、そのままグシャグシャと髪をかき混ぜられた。
仕方ない奴って思ってる顔だ。
穏やかな眼に誤解だと言いいかけた声が制される。
これは駄目だ。
この状態ではいくら言葉を並べてもシーザーは信じない。
全部、強がりだと解釈してしまう。
今夜はジョセフと共に居ると彼の中で決定事項となっていた。
痛い目見せてやるなんて軽い気持ちで、ちょかいを掛けるべきては無かったのだ。
もう触れるまい。
むしろ、おめーはもっと彼女を大切にしろ。
毒気を抜かれたジョセフは、自然な動作で隣に座る男をチラリと見て。
「知らねぇからな」
何度目になるか分からない忠告をひっそりと呟いた。
このままだと近いうちに別れるんだろうな。
他人事としてぼんやりジョセフが考えたあの日から二日後。
シーザーは彼女にフラれた。
あまりに呆気ない結末。
聞いた時は驚かなかったし、もっと良い相手が見つかるよう女の子を応援する気持ちになったくらいだ。
当のシーザーはというと。
「聞いてくれよ、ジョジョォォ」
自棄酒を煽っていた。
「酷いんだぜ」
お前がな。
ジョセフとしては目的を達したといえるが、酔っ払いに絡まれた状況はいただけない。
シーザーが痛い目を見た割には、原因を理解していない為、がっくりと肩を落とす。
「何故なんだ」
「いや、それはさァ」
酒を飲まずにいられない程好きだったなら、相応の態度を示せよ。
自分の方がフラれたという事実と女の子を泣かせたこと。
この二つを嘆く話すシーザー。
赤い顔で帰ってきた彼に捕まったジョセフは、相槌を打つしか出来なかった。
お前のせいだと詰ったところで、聞きはしない。
酔っ払いは、酔っていた記憶を忘れてしまうものである。
以前、忠告した時にも分かっていなかったのに、アルコールが廻った頭で理解する方が無理ってもんだ。
「はいはい。分かったからさぁ、シーザーちゃんも今日はこれくらいにしたら?」
帰ってからも飲み続ける男からボトルを取り上げる。
話に付き合うのも疲れた。
後は眠って忘れてしまえ。
「次に付き合う子は、ちゃんと時間作って傍に居てやれよ」
苦言を漏らすジョセフが、シーザーの肩を担ごうと手を伸ばした瞬間。
先に動いた男に手首を掴まれ、引き寄せられる。
「誰かなんて酷いこと言わないでおくれ」
「シーザー?」
「俺には君しか居ないのに」
あっ、まずい。
物凄く厭な予感がする。
過去の忌まわしい思い出が過り、ジョセフは口元を引き攣らせた。
両頬に添えられる手。
近づくシーザーの顔。
相手は酔っ払いだ。
思い切り殴り倒してやろうと拳を握りしめた瞬間、シーザーの唇が動いた。
「愛してるよ…ジョディ」
誰だ。
よりによって紛らわしい名前呼ぶなよ。
一瞬、ドキッとしたじゃないか。
心臓に悪いだろ。
この酔っ払いめ。
「だからフラれるんだろ、このスケコマシがッ!」
近づく顔を思い切り押さえつけて、後ろに突き飛ばす。
殴らなかったのは、優しさだ。多分。
「誰がフラれたって?」
だから、お前だって。
床に身体を打ち付けた際に、眼は覚めたらしい。
ジョセフとして認識してもらう分には有難い。
だが、眼が据わっているのは如何なものか。
身の危険を感じたジョセフがジリりと後退る。
「もう一度言ってみろ」
「だーかーらー。シーザーちゃんがフラれたんでしょ?」
逃げながらも減らず口を叩くジョセフ。
小首を傾げて明るい声で厭味っぽく問い返す。
シーザー如きにビビって堪るか。
なんて強気に睨んだのが、仇となった。
「黙れ、スカタン」
避けるのが僅かに遅れたせいで、塞がれる唇。
真っ赤になるジョセフに、シーザーはニヤリと笑って。
「ザマアミロ」
再び口づけて押し倒す。
「止めろ、シーザー!」
顔や耳、首筋にキスを落とされてジョセフは声を荒げる。
唇をこじ開けて入り込む舌はアルコールの味がして、自分まで酔いそうだ。
見下すシーザーの眸は、ジョセフだけを映していて。
「離しやがれッ!」
飲まれそうになる自分に気づき、思い切りシーザーを殴り飛ばした。
相手も油断していたのだろう。
かなり良い音が聞こえたが、今はそれどころではない。
「頭冷やせよ、イタ公ッ!」
蹲るシーザーへ吐き捨てると、自分の部屋へと駆け込んだ。
「ふざけんなよ、クソッ」
ずるずると床にしゃがみ込むジョセフは、これで何度目だと数えかけて止める。
考えたって無駄だ。
あの男に意図なんてない。
酔っ払いの戯言だ。
違うと理解しているのに、劣情を孕んだシーザーの瞳が頭から離れない。
「畜生」
どんな顔して接すれば良いんだ。
唇に残る熱をぬぐい去るようにゴシゴシと手で擦るジョセフは、頭を抱えた。