シンティランテ07


店とジョセフの休みが重なった週末。
数日前にそれを知ったシーザーに、夕食の席で予定は空いているかと尋ねられた。
素直に答えるのは癪で忙しいと答えたら、嘘つけと鼻を摘ままれた。
分かってるなら、聞くな。
どうせ、どこぞのスケコマシと違って予定なんてねぇよ、畜生。
ジョセフが不機嫌さを隠さず、シーザーを睨む。
その目の前に差し出されたのは、映画の招待券らしき紙切れ二枚だった。
どういう風の吹き回しだ。
「くれるのか?」
二枚とも受け取ろうとした手は、何故か叩かれた。
見せただけとか言うんじゃあないだろうな。
「明日一緒に行くぞ」
嫌がらせかと思ったそれは、遊びに出かけないかという誘いだった。
「何で俺なんだよ?」
当然の疑問だ。
シーザーなら他に誘う相手がいくらでも居るはずだ。
「行きたくないのか?」
「…そういう訳じゃねぇけど」
チラリと見えたチケットには、最近話題になっているアクション映画の名前が記載されていた。
気にならないと言ったら嘘になる。
「お前と映画ってのもなァ」
不満げに唇を尖らせると、頭をグリグリを押さえつけられた。
縮んだらどうするんだ、この野郎。
自分の方が小さいこと密かに気にしてること知ってるんだからな。
「行くのか、行かないのか。どっちだ?」
ぐぬぬと唸るジョセフに、シーザーが意地悪く尋ねる。
答えを分かってるって顔だ。
「分かった! 行くよ! 行きゃ良いんだろッ!」
またしても、シーザーのペースに乗せられた。
部屋に戻ってから、しまったと我に還るのが日常になりつつあった。





目にもの見せてやる。
当日の朝、ジョセフは部屋で一人意気込んでいた。
いつだったか、学校のイベントで使ったワンピースをクローゼットから引っ張り出す。
周りから中々に評判の良かったジョセフの女装姿は、何故か一部からはブーイングを受けた。
一体、何が気に食わなかったんだか、今となっては知れない。
記念だと押し付けられた化粧品含めた諸々が、今になって役立つとは思わなかった。
アイツの反応が楽しみだ。
ワンピースに着替えたジョセフは、鼻歌を歌いながら化粧を施す。
他人の眼にはカップルに映るかもしれないが、シーザーはジョセフの正体を知っている。
女装した男を連れて歩けないだろ。
自信満々でシーザーの前に立てば、大袈裟に頭を抱えて嘆かれた。
失礼な奴め。
「ジョジョ…一応聞くが、どういうつもりだ?」
「スケコマシのシーザーちゃんの好みに合わせてあげたのよン」
見た目だけでも女と歩けて嬉しいだろう。
得意げなジョセフの頭をシーザーが思いきり叩いた。
「鏡と現実を見ろ、このスカタン!」
「やだ〜シーザーちゃんたら、ミニスカートの方が良かったなんてスケベね」
「そういう意味じゃあない。人を何だと思ってるんだ!」
あからさまに顔を顰めるシーザーを見て、ジョセフは勝利を確信した。
「俺は着替えるつもり無いからな。嫌なら、今日の約束は無しってことで」
「行くぞ」
即答かよ。
おい。ちょっとくらい躊躇うとこだろ、ここは。
遠回しに断られてることに気づけ。
ジョセフが苦い表情をしたのを見て、シーザーが鼻で笑った。
ガッシリと掴まれた肩が痛い。
「今日一日、きっちりエスコートしてやるから覚悟するんだな」
どうやら要らぬスイッチを押してしまったようだ。
ムキになるなよ。
兄貴面するくせに、大人気ない。
「俺の為に、その格好をしたんだよな?」
違うから。
ある意味でお前の為だけど、違うから。
言質を取られ、有無を言わせない笑顔で押しきられたジョセフは、最初から素直に従えば良かったと後悔した。
その直後。
「二人揃って出掛けるのかい?」
聞こえた第三者の声に、ジョセフの身体が強張る。
まだ起きてこないと思って油断していた。
「おはよう…兄ちゃん」
このままジョナサンに見つからないように家を出るつもりだったのに、運悪く鉢合わせるとは。
「もしかして、デート?」
どうして、そうなる。
弟のデートの格好が女装で良いのか。
仲が良い二人だなどと、微笑ましいものを見る眼を向ける兄に軽い眩暈を覚えた。
ジョセフがシーザーの為にめかし込んだみたいな言い方は止めてくれ。
ジョナサンの捉える意味とは大きく異なるのだから。
「まあ、そんなところです」
てめーも否定しろよ。
誤解を早々に解きたいところだが、弁明する程に深みに嵌まる気がして諦めた。
「いってらっしゃい」
見送るジョナサンに手を振り返し、シーザーに引きずられながら歩き出すジョセフの足取りは重いものとなった。





何が哀しくて女装して男と並んで歩かなきゃいけないのか。
街の女の子の視線が痛ぇよ、色男。
当初の計画と大幅にずれた現実に、ジョセフは臍を曲げた。
すました顔しやがってこの野郎。
「手を繋ぎたいのか?」
恨めしげに見ていただけなのに、どう解釈したらそうなるのか。
「誰が!」
絶対に御免だ。
わざと手を伸ばしてきたシーザーの手を振り払い、威嚇する。
人の反応を面白がってんじゃねぇよ。
微妙な距離を保ちながら、映画館への道のりを進む。
道中、やたらと振り返られたのは、シーザーが原因だろう。
ひそひそと二人を見て話す女の子達を見る度、ナンパしに行ったら良いのに。
そう思って隣を歩く男の様子を伺った。
しかし、一向にシーザーは動かない。
ジョセフの期待も虚しく、二人揃って映画館にたどり着いてしまう。
見たいと思っていた映画だ。
此処まで来て、今更帰る気は無い。
「何か飲むか?」
「…コーラ」
ただ、素直に楽しむのも癪で不機嫌な顔を取り繕う。
ジョセフが素っ気ない態度をとっても、シーザーはいつものように世話を焼いた。
映画が始まってからは、ちゃっかり手まで握りやがって。
お蔭で映画に集中出来なかったではないか。
離せと反対の手で思い切り抓ってやっても、動じない。
画面に視線を向けて、こちらに見向きもしなかった。
そして、上映が終わって観客が席を離れ出すと、今度は恭しく手を差し伸べてくる。
「自分で立てるっての」
あしらわれることすら楽しそうなシーザーに、ジョセフの苛立ちは増す。
からかってやるつもりが、逆に遊ばれてる。
このまま、終わってなるものか。

外に出るなり、開き直ってシーザーの腕に自分のそれを絡めた。
詰め物をした胸を腕に押し付けると、シーザーの肩が大袈裟に跳ねる。
上々の反応だ。
「…ジョジョ」
ジトリと睨まれたので、舌を出して挑発してやる。
ほら見ろ。
目立つ場所では嫌がるじゃないか。
先刻、手を繋ぐかと言ったのも、ジョセフが断ると分かっていたからだろう。
お前の考えなんてお見通しなんだよ。
馬鹿め。
「シーザーちゃんたら、照れちゃって可愛いとこあるのねン」
振り払えないのは、自らの発言を反故出来ないからに違いない。
エスコートするなんて軽口を叩くから悪いのだ。
いつまで続くか、見物である。
意趣返しに成功したと喜ぶジョセフだが、シーザーは中々に諦めの悪い男のようだった。
口では文句を言いながらも、宣言通りジョセフを連れて歩いた。





シーザーがよく行くというカフェでは、おススメのケーキとやらを奢られ、危うく彼の手で食べさせられるところだった。
フォーク片手に口を開けろとか、どんだけ乗り気なんだよ。
ジョセフを見る度、口元を引き攣らせるくせに無理すんなって。
中々に強情な性格をしてやがる。
化粧を取ればどうのって独り言もちゃんと聞こえてるからな。
カフェを出たジョセフが警戒していたところ、少し待っていろと止められた。
ついに女の子に声を掛けに行ったのか。
これで、デートと称したふざけた一日もこれで終わる。
なんて思ったのは、甘かった。
シーザーは、数分で戻るなり、一輪の花をジョセフに差し出した。
通りのすぐ傍らにある花屋で買ったようである。
「いやいやいや、此処までしないでしょ…普通」
男に花を贈るなよ。
バラの花束とかじゃなくて良かったとか、そういう問題じゃない。
淡い色のリボンが結ばれたデイジーの受け取りを拒否すると、シーザーは手で茎を千切ってしまった。
流石にそれは無いだろ。
ジョセフが非難するより先に、シーザーの手が髪に伸びる。
花弁と少しの茎を残したそれは、着けていた髪飾りの隙間に差し込まれた。
「お前さァ…」
満足そうなシーザーにジョセフは脱力する。
「やっぱりジョジョには、明るい色が似合うな」
笑顔でさらっと言われ、返答に困る。
へらへら笑ってんじゃねぇよ、クソッ。
嫌がらせにしては、遠回しなやり方だな。
「怒るなよ、ジョジョ」
怒らせてるのはお前だ。
こっ恥ずかしいこと堂々とするなよ。

シーザーの然り気無い所作が嫌いだ。
例えば、今日に限らない日常での一コマ。
道を歩く際に車道側にそれとなく立ったり、買い出しでは重い方の荷物を迷うことなく持ったり。
非難の視線を向けても不思議そうにするだけ。
本人にとって当たり前だから疑問にも思わない。
「いつもこういうことやってんの?」
つくづくマメな男である。
素朴な疑問を口に出せば、不思議そうな声を返された。
「は?」
意識していないのか。
思わずため息が零れるのは、仕方のないことだった。
自然に出来る細やかな気遣いに、世の女性は惹かれるのかもしれない。
「手慣れてるんだな」
ここまで徹底していると感心さえする。
呆れ混じりに言うと、シーザーは苦笑いを溢した。
自慢するかと思ったのに、何で困った顔するんだよ。
面白くない。
唐突に沸いて出た感情に、ジョセフは唇を噛んだ。
一体、どれだけの数の女の子と逢瀬を重ねたのだろう。
馬鹿馬鹿しい。
聞くだけ野暮ってもんだ。
スケコマシの恋愛遍歴なんて、どうでもいいはずなのに。
「気になるのか?」
「まさか!」
ありえない。
シーザーに尋ねられたジョセフは、慌てて否定した。
「嘘つけ」
嘘じゃない。
「怒ってるだろ」
怒ってなどいない。
口を開くと余計なことを言ってしまいそうだった。
無言を貫くジョセフを見て、シーザーが頬を抓る。
「その割りには、面白くないって顔だな」
実力行使とは、フェミニスト気取りが笑わせるじゃあないか。
上等だ。
「いい加減、女扱いされるのに疲れたんだよ。映画も見終わったし、もういいだろ?」
手を振り払って、はっきりと言ってやった。
しかし、シーザーは不本意そうな顔をして。
「いつ俺がお前にシニョリーナ達と同じ扱いをしたって言うんだ?」
無自覚かよ。
尚のこと性質が悪い。
「エスコートするって言ってただろ」
実際、そのような扱いを受けた覚えがある。
ジョセフがそう訴えると、シーザーはやれやれと首を横に振った。
「あれは、お前がその恰好で出かけると言ったから」
勢いで口から出ただけで、他意はない。
今日の態度全てが、日頃からジョセフに接するものであるかの如く語るシーザーに、息を飲んだ。
「お前は別だよ」
他とは違う。
その言い方は、まるでたった一人だけに向けられる言葉のようだった。
まただ。
前と似た言葉に、ジョセフの心が揺らぐ。
「ジョジョ」
名前を呼ばれ、手を伸ばされる。
腕を捉まれてて、引き込まれたのは大通り横の狭い路地の入口。
手を顔の横につかれて逃げ道を塞がれた。
動けないのは、シーザーがこちらを真っ直ぐに見つめるせいだ。
シーザーの顔が迫り、ジョセフは反射的にギュッと目をつぶった。
いつ触れられるのかと身構えたのに。
「イテッ!」
予想に反して、シーザーが触れたのはジョセフの額だった。
しかも、勢いをつけた中指で無遠慮に弾いたのだ。
「キスされると思っただろ?」
人の言葉を信じないから、少し意地の悪いことをしてやったと笑うシーザー。
脂下がるシーザーの顔を見て嵌められたと気づき、ジョセフは怒りに顔を染め上げた。
おちょくりやがって。
仕返しに、シーザーの胸ぐらを掴んで顔を近づけるも、怯まない。
出来るわけ無いと思ってやがる。
「どうした、ジョジョ?」
コケにしやがって。
その余裕を崩してやる。
今更だ。
既に数回唇を奪われている身としては、大した痛手じゃない。
触れるだけのキスなんて。
思いきって唇をくっ付けた瞬間、シーザーの眼が見開かれるのを見た。
「キスされないと思っただろ?」
すぐさま唇を離して、フンッと鼻を鳴らす。
シーザーは片手で口許を押さえたまま、微動だにしない。
思えば、これまでの唇へのキスはシーザーが酔っていたり、寝ぼけていたりした時にされたものだった。
素面で男にキスされて、衝撃を受けているのかもしれない。
やっと、シーザーが動揺する様を見ることが叶った。
悪戯が成功した子供の気持ちで、ジョセフがシーザーの顔を覗きこんだ刹那。
「煽るんじゃねぇよ、馬鹿」
シーザーの唇が、ジョセフのそれと重なった。
触れるだけのキスは、すぐに離れる。
「て、てめー、よくも!」
「仕掛けたのは、お前だろ!」
叫ぶジョセフに向って、シーザーが声を荒げた。
余裕の無い表情は非常に珍しいのだが、頭に血の上ったジョセフに考える冷静さはない。
負けてなるものか。
退いて堪るか。
お互いに顔を突き付けて。
再び、シーザーから仕掛けられるキスに、ジョセフは拳を振り上げた。