シンティランテ / その後の話


承太郎がやってきて数日。
想いを打ち明けた後も、シーザーの態度は変わらなかった。
元より、やたらとジョセフの世話をやいていたから当たり前だ。
今ならディオが思わせ振りに話した意味もわかる。
いろいろ筒抜けだ。これは。
触れるだけのキスは、日常茶飯事。
二人きりではない場所でも、家の中であれば不意討ちで仕掛けられる。
やっぱり、訂正。
以前より悪化している。
慣れている自分も如何なものか。
改めて冷静になったジョセフは、ダイニングテーブルの斜め前に座る従弟に視線を向けた。
つい先刻も、口端に不着した食べかすを取る序に落とされたキスを見られたばかりである。
ジョセフの視線に気づいた承太郎は、あからさまに溜息を吐いて見せた。
「やれやれだぜ」
またかと呆れる割に、彼は傍観に徹している。
ジョナサンは、二人を見て仲が良いと笑うだけだった。
お前らもうちょっと気にしてくれ。
ジョセフが、げんなりしながら朝食を口に運んでいると、先に食べ終わった承太郎が席を立つ。
食器ををシンクに運ぶ彼をシーザーが追った。
この家のキッチンはシーザーの城となりつつある状態だったから、何か注意したいことでもあるのかもしれない。
人を憐れむような眼で見た罰だ。
お前もシーザーの口煩い説教のひとつでもくらえばいい。
期待して待つジョセフの予想に反し、承太郎はシーザーと一言、二言交わすなり洗面所に向ってしまった。
身だしなみを整えた彼は、呆気に取られるジョセフと片付けをするシーザーを残して出かけてしまう。
「お前も早く仕度しろよ」
フォークを銜えたまま、承太郎が出て行った扉を見ていたジョセフの頭に、軽い衝撃が走る。
「食べさせて欲しいのか?」
「間に合ってるっての!」
口に入った状態のフォークを引き抜かれそうになって、思い切り噛んで抵抗した。
シーザーなら確実にやるだろう。
どうだ。これで奪えまい。
勝ち誇るジョセフの頭を、シーザーは数回ぽんぽんと叩いた。
「それ食ったら、行くぞ」
またガキ扱いか。
これで機嫌が直ると思うなよ。
「乗せてってくれるなんてサービス良いじゃん」
悪態を吐きつつも、シーザーに送ってもらうのは嫌いじゃないジョセフは内心喜ぶ。
「分かったら、さっさと仕度しろ」
「はいはい」
勿論、素直に言えないので、仕方なくシーザーに合わせてやるんだという態度は崩さない。
「お前なァ…」
「俺と一緒に居たいくせに」
違うのか。
自信を持ってニヤリと笑うジョセフの額をシーザーが叩く。
「そうだよ」
文句あるかとバツが悪そうに顔を逸らされる。
たまには、こうでないと。
自分ばかり振り回されるのは面白くない。
拗ねたシーザーが早くしろと煩く言っても、知ったことか。
「少しは承太郎を見習え」
調子に乗って笑っていると、シーザーが聞き捨てならない台詞を吐いた。
確かに承太郎は寡黙な奴だけど、お前が思うより頑固だったり、手が掛かったりするんだからな。
分かったような口を聞くんじゃあない。
「承太郎にやけに構うじゃん」
シーザーが居候という立場であることも関係していると思うが、それにしては気に掛けているように思えた。
世話焼きのシーザーは此処でも健在だった。
それが何だか釈然としない。
別にジョセフにだけ構えとか、そういうことを言いたいのではなくて。
ただ、その。あれだ。
「お前の親戚だからな」
続く言葉に困るジョセフを他所に、シーザーは不思議そうに首を傾げた。
ジョセフが関係していなければ、特に気に留めることもない。
しれっと答えられて完全に毒気を抜かれてしまった。
先刻、恥ずかしそうに顔逸らしてたのに無自覚か。
こっちの方がずっと恥ずかしいっての。
やはり、シーザーに翻弄される羽目になるのだ。




なるべくなら二人きりを避けたい。
色々とギリギリなんだこっちは。
想いを伝えたせいで、余計に悪化している。
どの程度ラインを引いて接したら良いのか分からないのだ。
だからこそ、生活サイクルの似た承太郎が家に居てくれて助かったというのに。
「は? 承太郎が実家に?」
帰宅早々、ジョナサンに突然告げられたジョセフは、眉を顰めた。
どうして兄はいつも急なのか。
既に承太郎は、実家に戻っているらしい。
姿を見かけなくとも、外で道草でもくっているのだろうと思って油断した。
「徐倫に彼氏が出来たらしいよ」
「あー…それは荒れるわ」
「かなり頭に血が上っててね。宥めるのに苦労したよ」
従妹であり承太郎の妹である少女の名を聞くなり、ジョセフは納得した。
ジョセフをブラコンだと呆れる従弟だが、承太郎もまたシスコンであった。
思春期を迎えて兄を敬遠するようになって以来、余計に酷くなったと聞いている。
「一週間くらいは戻ってこないんじゃないかな」
家に帰った承太郎と徐倫のやりとりを想像したジョセフは、がっくりと項垂れた。
兄妹喧嘩が勃発している頃だ。
承太郎が納得するまで戻ってくるとは思えない。
「じゃあ、そのまま寮に戻るの?」
「うーん。まだはっきり聞いてないんだけど、寮に戻るのはもう少し先になるって」
「アイツ何やらかしたんだよ…。兄ちゃん知ってる?」
「聞いてないんだよね」
「そっか」
理由は何にせよ戻ってきてくれるのは有難い。
心配なのは一週間、自分が耐えられるかということだ。
否、落ち着け。
変に意識するから駄目なのだ。
相手はシーザーだ。
承太郎が来る前は二人で過ごす時間も多かった。
お節介なアイツに色々と口を出されて。
前と同じようにしたら良い。
平常心と言い聞かせたのが逆効果になってしまったのか。

久々のシーザーと二人だけの夕飯は、酷いものだった。
今日の出来事や承太郎に関する話など、当たり障りない会話をしていたのに妙な沈黙が度々訪れた。
いつもと違う。
やたらとシーザーの視線を感じたのは、自分が意識し過ぎているせいだと思いたい。
夕飯の後、逃げるようにバスルームに飛び込んだジョセフは、承太郎が戻るまで元の自分の部屋で過ごすことを決めた。
特に宣言する必要も無い。
Tシャツの下にパンツ。
頭にバスタオルを被って自室に向かおうとしたジョセフをシーザーが目敏く呼び止めた。
「何処行くんだよ?」
「自分の部屋だけど?」
シーザーとて二人で狭い思いをするより、僅かな期間でも一人でのびのびと過ごした方が良いに決まっている。
こちらの主張に反して、シーザーは隣にある自分の部屋にジョセフを引っ張りこんだ。
「何しやがる!?」
「髪くらいしっかり拭いてから出てこい」
タオルを奪った手が、ジョセフの文句を遮って乱暴に動かされる。
痛いと抗議しても聞きやしない。
諦めてシーザーに身体を預けること数分。
シャワーの後で体温が下がってきたことも手伝い、眠気が襲ってきた。
うつら、うつらと船を漕ぎ始める。
「寝るなよ」
「んー」
生返事を返すジョセフ。
ほとんど話は聞こえていなかった。
シーザーとの距離だとか、自分の部屋に戻るとか。
全部頭から抜けて、このまま居心地の良い空間に身を任せよう。
「起きないと舌入れてキスするぞ」
眠りに落ちかける直前で耳に響いたのは、不穏な台詞とリップ音。
耳たぶに感じる濡れた感触。
微睡んだ意識が一気に覚醒するには十分過ぎる力があった。
慌てて目を見開いたジョセフは、近づくシーザーの顔を押し退けた。
「どうした、ジョジョ?」
「かなり近いなーなんて」
穏やかな笑みを携えたシーザーがジョセフを見下す。
待て。見下すって何だ。
いつの間に床に押し倒される形になってるんだよ。
「こういうのは、段階を踏むべきだと思うわけだよッ!」
夕飯の時に感じた意味深な視線は、気のせいじゃなかったわけだ。
ジョナサンは今夜も仕事。
承太郎も隣に居ないとなれば、これ以上のシチュエーションは無いだろう。
シーザーのことは嫌いではない。
彼に想いを告げて、その先を考えなかったわけではない。
「嫌か?」
「困る」
どうしていいか分からない。
分からないというのに、シーザーは眉尻を下げて困ったような顔でジョセフに答えを迫る。
狡い。意地の悪い聞き方だ。
思わずシーザーの勢いに飲まれそうになる心を奮い立たせ、視線を逸らす。
「兄ちゃん下に居るしッ!」
店だって営業中だ。
万が一、音や声が聞こえてしまったらどうするつもりだ。
ジョセフが説得するも、シーザーは退かない。
「ジョジョ」
近づく顔。
熱を帯びた瞳。
「悪い!シーザー!」
やっぱり無理だ。
思い切り振り上げた拳が、顎に命中する。
これは痛い。
他人事のように考えながら、自分の部屋に逃げ込んで鍵を掛けた。
心臓がバクバクと煩い。
シーザーが追ってこないのは、幸いだった。
もう大丈夫だろう。
扉の前で蹲ること数十分。
様子を伺うのを止めて、ベッドに寝転がる。
人が居ると落ち着いて眠れないと思ったけれど、その逆になるとは思わなかった。
全部、シーザーのせいだ。
あの時、眠らせてくれたら今頃夢の中に居ただろう。
眠れない夜になりそうだ。
次にシーザーと顔を合わせた時のことを考え、ジョセフはベッドの上で膝を抱えた。





翌朝は、かなり気まずかった。
結局、日が昇ってもシーザーが部屋を訪ねてくることは無くて。
不機嫌そうな顔に起きた早々出迎えられた。
殴った痕が残ってないのが、せめてもの救いである。
「昨日はよく眠れたか」
「ま、まあな」
全然眠れなかったとは言えない。
用意された朝食を味わうというより、無理やり口に詰め込みながらシーザーの顔色を伺う。
「あのさ…」
「何だ?」
普段より幾分か低い声。
あからさまな棘が含まれている。
昨夜のこともあり、ジョセフの身体は無意識に警戒態勢に入り、距離を取ってしまう。
シーザーも不自然さを察しているのだろう。
敢えて触れまいとしているように見えた。
前より悪化してるってどうなんだ、これ。
スキンシップが嫌いな訳じゃない。
むしろ、シーザーの手は好きだ。
本人には絶対に言ってやらないけど。
ならば、昨日のような事態に陥っても良いかと尋ねられたら、やはり戸惑うのだ。
進むことも退くことも出来ない。

今日の食卓も憂鬱だ。
足取り重く帰ったジョセフは、昼間ジョナサンが怪我をしたことを店に来ていたディオに知らされた。
聞いた時こそ真っ青になったものの、すぐに軽傷であると兄から教えられたジョセフはホッと胸を撫で下ろした。
目撃したディオの話では、転んだ際に強く手首を捻ってしまったらしい。
ぐるぐると不器用に巻かれた包帯を見て、後で直そうと心に留めておく。
「何も無い場所で転ぶとは実にマヌケな奴だ」
憎まれ口を叩くディオの脚を思いきり踏みつけて、良い機会だからゆっくり休んだらいいとジョナサンに訴える。
シーザーとの関係がぎくしゃくしていたから、間に入ってくれるとありがたい。
自分の下心も混じりながら説得するジョセフに対し、ジョナサンは大したことないの一点張りで首を縦に振らない。
「利き手が使えないくせにどうすんだよ!」
「全く使えないとは言ってないじゃないか!」
「兄ちゃんの分からず屋!」

兄弟喧嘩一歩手前で、タイミング良く現れたシーザーが手伝いを買って出たことにより、この件はひとまず決着した。
「色々と世話になっているからな」
そう言って快く引き受けてくれたのは有りがたい。
自然に接してくれるようになったのも嬉しかった。
昨夜のことに一切触れないのは、彼なりの優しさなのかもしれない。
その日は、夜から臨時休業にして。
不本意ながらディオも家に上げてやって四人で食卓を囲んだ。




シーザーは、ジョセフが学校で過ごす間もジョナサンの手伝いをしてくれたらしい。
大学の講義を心配する二人に、数日なら平気だと笑ってみせた。
実際、店も助かっているようでジョナサンの負担は減っていた。
感謝したいのは山々なのだが、この状況は正直頂けない。
「楽しそうにしちゃって」
学校が終わってから店を手伝いに顔を出したジョセフは、カウンターで不貞腐れていた。
視界に映るのは、女の子数人が座るテーブルの前で楽し気に談笑するシーザーの姿。
白いワイシャツと黒のスラックスに、同色のギャルソンエプロン。
見慣れないシーザーの姿は、男のジョセフから見ても恰好良く見えた。
ちょっと。ほんのちょっとだけだ。
女の子が騒ぐのも当たり前かもしれないと納得する自分が厭だった。
「昨日より女の子の客増えた?」
「そうかもしれないね」
隣に立つジョナサンは、ジョセフに気を遣ってか言葉を濁した。
別にシーザーが騒がれているからと言って、ジョセフは関係ない。
日頃、目にする客層と異なる店内に慣れないだけだ。
「スケコマシめ」
「シーザーは女の子に優しいからね」
誰にでも優しいのはジョナサンの方だ。
ジョセフだって女の子に冷たくしたことなんて無い。
「ケッ。あんなナンパ野郎のどこが良いんだか」
「ヤキモチかい?」
ヤキモチって何だ。嫉妬ってやつか。
冗談じゃない。
「俺の方がカッコイイっての!」
「うん。ジョセフも十分カッコイイよ」
「兄ちゃん!」
流石は、我が兄である。
よく分かっている。
「シーザーより兄ちゃんのが良い男だと思うぜ?」
「ありがとう」
ジョセフが興奮気味に言えば、ジョナサンが頭を撫でてくれる。
こうしてジョナサンと共に居る時間が増えるのも悪くない。
「サボってないで働け、ブラコン」
怪我の功名だなどとひっそり考えていたジョセフの首にひやりとした感覚が走った。
「冷たッ!」
首筋に充てられた水の入ったコップ。
犯人であるシーザーは、やれやれと首を振っている。
「てめーこそ、女の子と喋ってたじゃねぇか!」
「仕事だ、スカタン」
サービスだと飄々と言って退ける男が憎らしい。
「見てたのか?」
「たまたま眼に入っただけだ」
「ふぅん」
見定めるような眼差しに居心地の悪さを感じ、フイッと顔を逸らす。
その間に、シーザーは客に呼ばれてホールへと戻って言った。
「仲直りしなくて良いのかい?」
様子を見守っていたジョナサンに核心を突かれ、ギクリと肩が跳ねる。
「別に喧嘩してねぇし」
実際、ジョナサンが怪我をした日に和解したのだと思う。多分。
何も言って無い上に、喧嘩すらしていないけれど。
「前もそんなこと言ってたね」
「それとこれとは別」
どう接して良いのか、分からないだけだ。
ぎこちなさは未だに消えない。
うーうージョセフが唸っていると、ジョナサンは目の前に二枚の紙切れを差し出した。
「それなら、気分転換に二人で行って来たらどうかな?」
「兄ちゃん…これ遊園地の招待券じゃん」
男二人で遊園地って眼に痛いだろ。
「ジョセフは遊園地好きだっただろ?」
昔も前夜にはしゃぎ過ぎて、翌朝は中々起きなかった。
楽しそうに昔話をするジョナサンは、ジョセフにチケットを握らせる。
更には、呼びつけたシーザーにまで承諾させた。
彼らしくない素早い行動に、ジョセフは疑わずにはいられない。
これ絶対確信犯だろ。
「じゃあ、兄ちゃんも行こうぜ!」
反撃としてジョセフがジョナサンを誘うと、チケットが二枚しかないと断られる。
「そんなこと言って〜ポケットから残りの二枚はみ出てるぜ」
「嘘!?」
ジョセフが指摘すると、ジョナサンが慌ててスラックスの後ろに片手を伸ばした。
「其処にあったのねン」
してやったり。
カマ掛けに成功したジョセフは、ヒラヒラと手の中のチケットをジョナサンの目の前に掲げる。
「次の店の休みに、四人で出かけようぜ?」
「ジョセフ僕は」
「エリナ姉ちゃん誘えば良いじゃん!」
久々に会いたい。
ジョセフが押し切れば、断れる兄ではなかった。
エリナとジョナサンを含めた四人なら、遊園地もきっと楽しい。
ジョセフは、その日を待ち遠しく思った。





出掛ける当日になってソワソワし出したジョナサンを見て、ジョセフは一抹の不安を覚えていた。
招待券は夕方からの入場を指定したもので、待ち合わせは場所は遊園地の入り口。
現地集合と言っても、ジョセフ達三人は家から一緒だ。
エリナの家も近いから、てっきり途中で迎えに行くと思っていた。
それが無かったということは、つまりあれだ。
ジョナサンが誘った相手がエリナでは無いことを示す。
「遅いぞ。このディオを待たせるんじゃあない」
「てめーと約束した覚えはねぇよ」
待ち合わせ場所に立つディオを見るなり、ジョセフは顔を歪めた。
「ちぇっ。エリナ姉ちゃんが良かったなー」
むさ苦しい男と違って花がある。
エリナならジョセフをジョナサン同様に可愛がってくれる。
どこぞのストーカーとは違うのだ。
よりによってディオ。
せめて、承太郎を連れてきてくれたら良かった。
「金魚の糞め」
お前だろ、それは。
「自分のことよーく分かってるみたいじゃねぇか」
無視か、コラ。
すぐさまジョナサンのもとに向かうディオを睨み付ける。
困らせてんじゃねぇぞ。
「ジョセフ!」
ぶつぶつと不満を述べるジョセフをジョナサンが咎める。
「分かってるって」
これ以上駄々を捏ねて怒らせたり、揉めるのは本意じゃない。
恐らく、今回の招待券の出所はディオだ。
故に、ジョナサンは奴を連れて来た。
こちらに声を掛けて入場ゲートに向う二人を見て、ジョセフはその場に立ち尽くす。
行きたいけど、行きたくない。
「俺達も行くぞ」
躊躇うジョセフの心境を察したらしいシーザーが、片手を伸ばした。
当たり前のように繋がれる手。
「何だ?」
ジッと見つめていると、気分でも悪いのかと聞かれた。
そうじゃねぇよ。
「手が…」
「暗いから分からないだろ」
もごもごと口籠ったものの、言いたいことはしっかり伝わったらしい。
夜というには、まだ明るい時間。
傍を歩く人間の顔すらはっきり見える状態にも関わらず、シーザーは大丈夫だと言い切って入口へと進む。
握る手の力が強いのは、ジョセフが離さないよう注意を払っているからだ。
「シーザー」
「ほら、ジョースターさん達待ってるだろ」
「帰るとか言わないから、離してくれよ」
早くしろと急かすシーザーに頼んでも、応じてくれない。
自分が繋ぎたいからだと言われてしまうと、強く反論出来なかった。
「此処からは別行動の方が良いかな?」
追いついたジョナサンに尋ねられ、首を横に振る。
ディオは嫌そうに、シーザーは少し残念そうな顔をしていたが、構うものか。
「折角だし兄ちゃん達と一緒が良い」
滅多にない機会だ。
大勢の方がきっと楽しい。
ジョナサンの袖を掴んでジョセフが主張すると、ジョナサンは嬉しそうに頷いた。
いつまで経っても兄は自分に甘いのだ。
ディオに向かってザマアミロと声を出さずに笑ってみせる。
奴は、勝手にしろと詰まらなさそうに視線を逸らした。
「まず何処に行こうか?」
「これ乗りたい!」
「最初から絶叫系とか元気だな、お前」
「遊園地とくれば、当然だろ!」
園内の地図を広げながら、三人並んで行く先を決める。
ディオは数歩後ろを一人で歩いていた。
シーザーは相変わらず、ジョセフの手を繋いだままだ。
ジョセフに任せると言う二人の言葉に甘えて、次から次へと乗り物を制覇していく。
夕方からの入場という時点で、短い時間しか残されていないのだ。
折角ならとことん楽しんでやると決めた。


我ながらペースが速かったかもしれないと反省したのは、ジョナサンからストップが掛かってからだった。
少し休もうと疲れが見える顔でベンチを指差され、腰を下ろす。
ジョナサンの隣にちゃっかり座るディオは、げんなりとしていた。
シーザーも苦笑いが混じっている。
全員、体力が無いわけではない。
ただ、慣れない場所で一気にはしゃぎ過ぎたのだ。
「俺、アイス食べたい」
「買いに行くか?」
「一人で行けるって」
ベンチから少し離れた位置で売られるソフトクリームを見たジョセフが立ち上がると、シーザーも着いてきた。
来るなと言っても無駄だろう。
早々に諦めたジョセフは、メニューを見ながら何にするか考える。
定番のバニラか。
チョコレートも有りだ。ストロベリーも悪くない。
「どれにしたんだ?」
「えーっと」
「どれで迷ってる?」
「チョコとストロベリー。この二つ混ぜてくれりゃ良いのに」
ミックスがあるのは、バニラとの組み合わせだけだ。
さて、どちらを選ぼう。
「チョコレートとストロベリーをひとつずつ」
「俺まだ決めてねぇのに!」
ジョセフが悩んでいる間に、シーザーが勝手に注文してしまった。
選べないなら選んでやるってか。
こうなったら、絶対にバニラを食べてやる。
シーザーを押し退けて注文しようとしたら、邪魔だと逆に押し返されてしまった。
買わせない気かよ。
渡されても突っ返してやる。
「ほら、両手だせ」
臍を曲げたジョセフにシーザーは、注文した二つとも差し出した。
「荷物持ちなら他を当たれよ」
「食べたいと言ったのは、お前だろ」
「迷ってるって言ったじゃん!」
それなのに話を聞かずに注文したのは、シーザーだ。
「二つともお前が食べろ」
「そんなに食えねぇよ」
「じゃあ、二人で分けたら良い」
シーザーは全て受け流してしまう。
意固地になるジョセフを仕方ないと笑って、口元にソフトクリームを押しつけて。
「溶けるぞ」
唸りながらも、最終的にペロリと舐めたそれは、目の前の男のように甘かった。
もう一つをちゃっかりジョセフの手に持たせて、シーザーはジョセフが食べていた方を口に運ぶ。
ソフトクリームとシーザーって似合わないな。
ぼんやり見つめていたら、交換するかと聞かれた。
意地を張るのも馬鹿らしくなって、ジョセフはもう一つも受け取る。
そのままジョナサン達が座るベンチのひとつ隣に二人で並んで、ソフトクリームを食べきった。
分けるなんて言いながら、ほとんどがジョセフの胃の中に消えた。
食べている間、眼を細めてこちらを見ていたから、欲しいのかと思って何度か目の前に差し出した。
シーザーはその度に、要らないと首を振って断った。
人の食べている姿を見て面白いのか。
ジョセフには分からない。


「そろそろ次に行こうぜ」
休憩は十分に出来ただろう。
そう言ってジョナサン達の前に立った瞬間、何故かディオがジョセフの腕を掴んだ。
コイツも居たんだっけ。
ベンチに座る前は、ジョセフを間に挟んで三人で盛り上がっていたからすっかり忘れていた。
蔑にされ過ぎて、いい加減腹に据えかねたのかもしれない。
短気だからなコイツ。
来るなら来い。
ぶっ飛ばしてやる。
身構えるジョセフの予想を裏切って、ディオは無言で走り出した。
疲れた顔してた奴の動きじゃねえだろ。
「何処行く気だよ!?」
力任せに振り払うことも、それこそ顔面ぶん殴ってやることも出来た。
敢えてそうしないのは、今日の出来事を振り返って流石に可哀想だったかもしれないと感じる部分があったせいだ。
ジョナサンの手前、暴力に訴えることはしないだろう。
園内に出るとも考えにくい。
さて、どうする。
「何で俺がてめーと観覧車乗ってんだよ」
様々な可能性を浮かべたジョセフは、そのどれにも当てはまらない現状にツッコミを入れずに居られなかった。
観覧車と言えば、恋人同士の定番だろう。
「あの男が良かったか」
「おめーよりはマシだな」
あの夜のことが浮かびそうでシーザー相手も遠慮願いたいところだが。
置いてきた二人は、今頃ジョセフ達を探しているだろう。
案外、追いついて下で待っていたりして。
「近ッ!狭いんだからそっちの隅に居ろよ!」
窓の外を眺めながら考えていると、ディオの顔が目の前に近づいていた。
「不本意だが仕方あるまい」
「じゃあ離れろよ」
「断る」
心底厭そうな顔で近寄ってくる意味が分からない。
「どういう心算だ?」
「今日の礼をしてやろうと思ってな」
つまり意趣返しという訳か。
実に分かりやすい。
ディオからしてみれば、ジョナサンだけを誘いたかったが、天の邪鬼なコイツは遊園地なんて場所に行こうと自分から言えない。
たとえ、仕事関係か何かで貰った招待券だとしても、ジョナサンは他の誰かに譲ることを勧めるだろう。
イイ歳した男が揃って遊園地という図はかなり寒い。
現状がその状態であるから、深く考えるのは止めるけれど。
「てめーとキスとかマジ勘弁なんですけど」
「やはりあの男が良いようだな」
そうだよ。
他の奴となんて考えるだけで鳥肌が立つ。
勿論、本音をディオに告げるはずもなく、ジョセフは無言を貫く。
「意外に一途じゃあないか」
「煩ぇよ」
ディオの口元を右手で力の限り押さえつけ、睨みつける。
手を退けたら、触れそうな距離で細められる双眸。
「安心しろ、貴様には微塵も興味が湧かない」
「そりゃ、どーも。こっちから願い下げだっての」
ガンッ、ガツンッ。
「今、変な音しなかったか?」
それも二回。
膠着状態の二人に割って入るような、鈍く不穏な音が聞こえた気がした。
まさか、観覧車が故障したのでは。
心配になって辺りを見渡すと、ひとつ後ろのゴンドラに見知った二人が乗っていた。
「どうやら、追ってきたようだな」
嬉しそうにジョナサンを見つめるディオを横目に、ジョセフはひっそりと手を合わせた。
遠目で分かりにくいが、恐らく兄は怒っている。
ディオがジョセフに危害を加えたに違いないと踏んでいるのだ。
当の本人はジョナサンが嫉妬している。
そう思い込んでいるのだから、幸せなことである。
兄を確認した途端、すぐさま離れるディオは実に分かりやすい。
修羅場に巻き込まれませんように。
この後の展開を危惧していたジョセフは、ゴンドラを下りた途端にシーザーに連れ出された。





無言でジョセフの数歩前を歩くシーザーは、苛立っているようだった。
「もしかして、心配した?」
「まあな」
遊園地という狭い場所で、しかも相手はディオだというのに。
シーザーらしいというか。
「お前、わざと付いて行っただろ」
「バレちゃった?」
「分かりやすいんだよ。人の気も知らないで」
拗ねた声が、あの日と重なった。
今日と同じように、迎えに来たシーザーに手を引かれた歩いた日。
嫉妬という感情なのだろうか、これは。
気になってシーザーの前に回り込むと、不機嫌さを隠さない表情が視界に入った。
物言いたげな眸。
口を開かないのは、不用意な言葉が零れないようにする為に違いない。
隠そうとしても、バレバレだっての。
改めて向かい合って初めて、ジョセフはシーザーも互いの距離を測りかねているのだと知る。
強引に踏み込んでこないのは、きっと大切にしてくれているからで。
一悶着あった夜のことも、ジョセフ以上に気にしている。
つくづく不器用で、甘い男だ。
シーザーを見てクスクスと笑い出したジョセフに毒気を抜かれたらしいシーザーが、表情を緩める。
怒っていた理由を知られた気恥ずかしさもあるようで、バツが悪そうに視線を泳がせた。
「兄ちゃん達のところに戻ろうぜ」
急に飛び出して来たから、一言くらい声を掛けた方が良い。
戻ろうと歩き出すジョセフを、何故かシーザーが止めた。
「あの二人は、このまま飲みに行くんだと」
「聞いて無いんですけどッ!」
「ジョースターさんは、今夜は帰らないって言ってたぜ?」
「…兄ちゃん」
変に気を遣ってくれなくて良いから。
朝まで飲み明かすとか、身体を大事にしてくれ。

溜息を零すジョセフを見たシーザーが、突然手を離す。
「さあ、どうする?」
投げかけられた問いに、ジョセフの胸が跳ねる。
再び、目の前に差し出される手。
この手を取る意味を分からないわけじゃない。
「ジョジョ?」
断られるなんて思ってないくせに。
選択肢を残しているみたいな態度を取るんじゃねぇよ、馬鹿。
「しょ、しょうがねぇからシーザーと帰ってやるよ」
逃げ出したいのは、本当。
踏み越えたくないのも、本心。
けれど、それ以上にもっと近づいても良いかもしれないという想いが勝った。
それこそ隙間が無いくらいに。

顔を赤くして手を握ったジョセフ。
チラリと覗いたシーザーの耳も僅かに赤く色づいていた。
同じだ。
手から伝わる相手の体温を熱く感じながら、二人顔を逸らして歩く帰路はとても遠く感じられた。